金子敦『シーグラス』(ふらんす堂、2021年04月21日)
金子敦『シーグラス』は句集。句集を読むのはむずかしい。私は日常的には俳句を読まない。俳句自体は文字が少なく短いけれど、その分凝縮度が強くて息抜きするところ(読みとばせるところ)がない。だから、むずかしいし、疲れる。
きょうは、2016年の句を読んだ。
初空へ龍のかたちの波しぶき
2016年が「辰年」だったかどうか記憶にないが、辰年なのだろうと思って読む。とてもかっこいい句である。同じ情景でも、詩の場合は間延びする。「初空へ」の「へ」が強い。助詞なのに「動詞」を含んでいる。その動詞の主語として「龍」があらわれる。ドラマチックで、豪華である。もちろんほんとうの主語は「波(しぶき)」なのだが、印象は逆。「龍」が実在し、「波(しぶき)」が比喩なのではないかと錯覚するくらいだ。「比喩」が「実在」を突き破って、いままでなかった世界があらわれる。
句集の巻頭を飾るのにぴったりの、ほんとうに豪華な句だ。
以下、印象に残った句を順番にあげていく。
ういらうにさみどりの艶さへづれり
音の微妙な変化、しっとりとした変化が「ういろう」の肌(味ではない)を思い起こさせる。「艶」が「肌」のイメージを呼び、それが音に「しっとり」とした響きを与える。
紙皿の縁のさざなみ山桜
この句も音が魅力的。「さざなみ」は皿の縁の波うった「押し型」のことを言っているのだと思うが、その凹凸が視覚として見えるだけではなく「さざなみ」という音としても聞こえてくる。かみ「ざ」ら、さ「ざ」なみ、やま「ざ」くら。この濁音(ざ)の揺れながら押し寄せる感じが、真っ白な山桜の小さい花の揺らぎに移っていく感じも楽しい。
少し流され少し戻りて蛇泳ぐ
写生の句。「少し」の繰り返しと「流され」「戻りて」の対比がいい。夏の川だろうか。川面がねっとりと光る感じが「少し」の繰り返し(ことばの粘着力)から感じられる。「ういらう」の句に通じる「和の響き」を感じる。
ゆく夏の光閉ぢ込めシーグラス
句集のタイトルはここからとられている。金子は「自選十句」にこの句を取り上げていないが、「十句」ではなく特別な句なのだろう。
とても美しい句だが、私は、この句を取るかといわれたら、かなり悩む。「わかる」が、その「わかる」ところが気にかかる。「頭」で「わかる」のであって、「肉体」で「わかる」とは、私は言えないのだ。つまり、「理屈」が先に立って、「美しいでしょ」と迫られた感じがして、「美しいけれどねえ……」と、私の「肉体」の何かが抵抗する。
「閉ぢ込め」の「音」が耳に厳しい。「閉じ込め」だったら少しは違うか。「ぢ」の方が「じ」よりも強い。固い感じ。「じ」は摩擦音だが、「ぢ」は破擦音だ。もちろん、日本語はそれをそんなに意識はしないし、私は「ぢ(破擦音)」と書かれていても「じ(摩擦音)」で発音してしまうかなあ。
で、この固く、厳しい感じが「意味」にも影響してくる。
「ゆく夏」は「行く夏」、あるいは「逝く夏」かもしれない。ここに、ことばの呼応がある。とても自然な呼応だ。去っていく。消えていく。それを逃がさないように「閉じ込める」。もちろん、ここには「拘束する」という意味よりも「惜しむ」という気持ちが強く支配している。去るものは去らせる。しかし、感情はそれを自分の内部にひきとどめつづける。感情が、そのとき充実する。
この感情の美しさを象徴するのが「シーグラス」であると思って、私は読む。「シーグラス」そのものは「もの」だが、書かれているのは「感情」である。つまり、それは「もの」でありながら「こころ/比喩」なのだ。そして、「もの」が「感情(比喩)」になっているのところが詩的(文学的)であり、美しく感じる要因なのだが。
奇妙にひっかかるのである。
「惜しむ」は気持ちだが、「閉じ込める」は物理的な行動である。その「即物的」な運動に、いままでにはない詩がある、といえばそうなるのだろうけれど、そんなふうに読んでしまうのも、あまりにも「頭的」。理屈っぽい。
この理屈っぽさは「現代詩」に通じる。そして、私がこの金子の句に理屈っぽさを感じるのは、もしかすると、私が現代詩を多く読んでいるからかもしれない。もっぱら俳句を読んでいる人は感じないかもしれない。
それやこれやで、どうも落ち着かない。「だめ」というのははばかるけれど、「これがいい」と手放しにはなれない。
風呂敷の結び目かたき西瓜かな
写生の句。いま「風呂敷」がどれだけつかわれているかわからないが、この西瓜との組み合わせは、私がこどものころは見かけた「正直」を代表するものだ。
コップに水注げば打楽器花カンナ
これは「和の響き」ではなく、「洋の音」。撥音、促音、濁音が音のエッジを際立たせる。「打楽器」がとても印象に残る。
やはらかく息吐いて蛇穴に入る
「吐く」と「入る」の呼応。「ゆく夏」と「閉ぢ込める」に似ているが、この「吐く/入る」の呼応の方がとても自然。「ゆく夏」も「閉ぢ込める」も、その動詞は「比喩的動詞」であるのに対して「吐く」「入る」は現実的動詞であって比喩が含まれないからかもしれない。
「シーグラス」の句は、写実を装いながら、実は「比喩」なのだ。つまり「古今/新古今」的感性、あるいは知性と言った方がぴったりくる句なのだ。知的、理性的は「理屈っぽい」につながる。それが気になって、私は、「これはいいなあ」という感想を保留してしまうのである。
マフラーに牛丼の香の残りたる
この句には、何か笑いだしたくなるものがある。冬だ。寒い。動きたくない。でも牛丼を食べたら元気になった。体を動かしたくなった。マフラーを外して動き回る。動き回っていたら暑くなってマフラーを外した。そのマフラーを取りに戻ったら、まだ牛丼の匂いが残っていた。そう読んでみたい。
牛丼を食べで吉野家から出てきた。外は北風。歩いているときは寒い気持ちが強くて気がつかなかったが、家に帰って一安心してみると、まだマフラーに匂いが残っていたかもしれないけれど。
蜜柑描きクレヨンの先丸くなる
「少し流され」と同じように、時間のなかで世界を把握しなおす感じ。
長き詩の最終行に雪が降る
少し前の「現代詩」のことばの動きに似ているかも。
句集には、2017年、2018年、2019年、2020年の作品も収録。また後日、感想を書くかもしれない。
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