詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

木村草弥『四季の〈うた〉続』

2021-05-26 11:40:44 | 詩集

 

木村草弥『四季の〈うた〉続』(澪標、2021年05月25日発行)

 木村草弥のブログに書かれたものの第二弾。『愛の寓話』という詩集から「ピカソ「泣く女」」という散文詩がそのまま転載されている。「泣く女」は、私は美術の教科書で見たのが最初である。中学生のときだったと思う。とても有名な絵である。モデルは、ドラ・マール。当時、ピカソの愛人だった、と木村は書いている。つづけて。

ピカソと知り合ったのは、この絵の描かれる前年、二十九歳のときで、ピカソは五十五歳だった。
ピカソの女性関係は伝説的である。
何しろ女性は彼にとってインスピレーションの源なので、必要なとき相手が有頂天になるほど崇め、不要になればボロ雑巾のごとく捨てるだけ。みごとに誰ひとり幸せにしてやらなかった。


 うーん。
 私はピカソに夢中の人間なので、ちょっとうなった。
 まず、木村がピカソの生涯に詳しいこと。私は簡単な伝記を読むには読んだが、内容はぜんぜん覚えていない。誰が最初の愛人で、そのとき何歳だったか、というようなことは完全に意識から消えている。だから、

みごとに誰ひとり幸せにしてやらなかった。


 に、いっそう驚いたのである。
 えっ、相手を幸せにしてやることが、愛人を持ったり結婚したりすることの条件なのか、と。
 ピカソは絵が描きたかった。ピカソは、自分が幸せになりたかった。それだけだと思う。他人の幸せは、ピカソの意識になかったと思う。
 それは、あの「泣く女」一枚を見てもわかる。ぜんぜん同情していない。「泣く」というのは、ある意味で、ありふれた感情の評言、爆発であり、とくに新しい行為ではない。男から見ると、(女は怒るだろうけれど)、泣かれたら、ちょっと面倒くさい。そういう気持ちも起きる。
 この絵には、泣く女は面倒くさい、というようなピカソの、男の気持ちはぜんぜんあらわれていない。なんておもしろいんだろう。これを絵にすれば、ぜったいおもしろい。傑作になる、と確信している。そういう発見の喜びに満ちている。
 私は、あえて印象(記憶)だけで書くので間違っているかもしれないが、この絵にはいくつものおもしろい点がある。
 女はハンカチをまるで噛み千切るようにして噛んでいる。その手と歯とハンカチの顔を多いながらも歯が見える(噛んでいる様子)パートと、顔を覆いながらも目が見える(目が覆われていない)パート、そして派手な帽子や髪といった感情とは別なパート。大きく言って、三つのパートで出来ている。三つのパートなのだけれど、ひとつに見える。そういう絵だと思う。
 歯も印象的だけれど、目もとても興味深い。日本の漫画(?)では、目の輝きを白い星であらわす。でもピカソは、たしか泣いている目を黒っぽい星で描いていた。それが、私にはうるんでいる、濡れているように見えた。泣いているというよりも、泣きそう、という感じである。一方、目からこぼれて尾を引いていく涙もある。だから、うるんでいるを通り越して、涙が止まらないのだ。そして、もうひとつ。顔を覆う手の指、その爪が、また涙のようにも見える。爪か涙かわからない。好意的(?)に考えれば、涙が手(指)をも濡らしている、ハンカチなんかでは間に合わない、ということかなあ。その一方、派手な帽子は、女の感情なんか、無視している。非情である。だから、絶対的な美しさを獲得している。
 この描き方を、木村は、美術用語をつかって最初に説明していた。

「キュビズム」というのは、立体を一旦分解し、さまざまの角度から再構築する描法である。


 教科書みたいな説明である。たぶん、そうなのだと思うが、私には「立体を一旦分解し、さまざまの角度から再構築」したとは思えないのである。
 再構築というよりも、見えたものを、見えたままに描いた。
 ハンカチを噛んでいるのが見えた。だから、それを描いた。そして、目が涙で濡れているのが見えた。だからそれを描いた。そして、涙が頬をつたって落ちていくのが見えた。だから、それを描いた。そして、帽子は美しいままである。だから、それをそのまま描いた。「そして」がつづいて一枚の絵になっている。どこから描き始めたのかしらないが、それは「再構築」ではなく、見えたままなのだと思う。見えたところを描いて、それが終われば次の部分を描き、さらに見えたものを追加して描く。それだけなのだと思う。
 ピカソは描くのに時間をかけない。迷わない。どの線も、どの色もスピードに満ちている。ピカソは描きなおさない。修正しない。別なことばでいえば、「有頂天」になって、突っ走って描いている。描くこと以外、何も考えていない。
 だから、

何しろ女性は彼にとってインスピレーションの源なので、必要なとき相手が有頂天になるほど崇め、


 というよりも、ピカソは女性のなかに見つけた美に「有頂天」になって、ただそれを追いかけている。女を有頂天にさせているのではなく、ピカソが有頂天になっている。それがたとえ泣きわめいている女であっても、その泣いている姿に有頂天になる。「困った、面倒くさい」なんて思わないのだ。ピカソをつらぬいているのは「有頂天」のスピード、いま見ているものしか見えないという絶対的な「有頂天」の視力だ。

芸術家は怖い。
蜘蛛が餌食の体液を全て吸い尽くすように、他人の喜怒哀楽、全ての感情を吸い取って自分の糧にしようとする。
(略)
蜘蛛が干からびた獲物の残骸を網からぽいと捨てるように、ピカソはドラを捨てた。
ピカソの残酷さが遺憾なく発揮された『泣く女』は傑作となり、ドラの名前も美術史に永遠に残ることになった。


 名前が美術史に残ることが「幸せ」かどうかわからないが、多くの人はドラのことを思い出すかもしれない。木村が「残酷」と書いていることを、しかし、私は「有頂天」と読み替えた、ということだけは書いておきたい。
 どの傑作(というか、私の好きな作品)でも、私はそこにピカソの「有頂天」の超スピードを見る。
 あ、こんなことは、木村の詩とは関係がないか。
 こんなことを書いても、木村の本を読んだ感想にはならないかもしれないが、しかし、これがきょう動いた私のことばである。木村のことばを読まなかったら、こんなことは書かなかった。そういう意味では「感想」のひとつなのである。
 で、こんなことを書きながら思うのは。

「キュビズム」というのは、立体を一旦分解し、さまざまの角度から再構築する描法である。


 の「キュビズム」の「キュビズム」に該当するわけではないのだが、木村の書いている「泣く女」に対する詩は、「泣く女」をさまざまな角度から再構築しているといえる。モデルが誰であったか、ピカソとどういう関係にあったか。さらにふたりの関係はどうなっていったか。あるいは、ピカソの女性関係はどう展開したか。ほかの作品との関係はどうか。引用しなかったが、そういうことがとても丁寧に書かれている。最後には、ピカソの長い長い本名まで紹介している。ある対象の「背景」には何があるか。知りうる限りを木村は丁寧に書く。そうすることで対象を「立体的」につかむ。つまり構築する。「一旦分解する」のではなく、細部をひとつずつ丁寧に積み上げる。そういう「手法」を、他の作品分析でも展開している。
 この一冊は、木村がブログで書き綴ってきたものをまとめた第二弾だが、木村がやってきたことは、そういう丁寧な時間の積み重ねであり、それが自然に一冊になった。いや、二冊になった、ということだ。
 付け足しのようになってしまったが、これは大事なことだ。
 本の帯に「十数年執筆の苦労は嘘をつかない」と書いてある。その通りだと思う。木村の書いていることに、嘘はない。だからこそ、私は平気で、瞬間的に思ったことを書くことができる。私が何を思おうが、何を書こうが、それは木村の書いたことを傷つけない。木村の文体は、私の感想をはね返して、この本の中でしっかりと生きている。読めば、そのことがわかる。

 

 

 

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コロナ感染者数のなぞ

2021-05-26 08:15:26 | 考える日記

はっきり見えないかも知れないが、これは読売新聞の2021年5月25日、26日の朝刊国際面に掲載されている世界のコロナ観戦状況。
フランスに注目。
25日598万人を超えていたのに、26日566万人激減している。
私はフランスの感染者が600万人に達するのと、ドイツの感染者がスペインの感染者を上回るのは、どちらが先か気にして注目していた。
ドイツの方が先だった。
あのドイツでさえ、感染者抑制に手を焼いている。
フランスの今までの数字が間違いだったのか、26日の数字が間違いなのか。
あるいは、表は恣意的に操作されているのか。
という疑惑を持つのも、日本の数字に疑問を持つからでもある。
たとえば。
アメリカは、24日(日本時間25日)、日本への渡航中止勧告を出した。なぜ、いま?
日本の9都道府県に出ている緊急事態宣言は延長される見通しになったが、感染者は減っていると発表されている。奇妙である。
国民には知らされていない数字が、どこかにあるのではないか。
フランスのきょうの数字が間違っているだけなのかもしれないが、私は、いろいろ疑問に思うのだ。
 
 
さらに。
国内のコロナ感染者。
東京都の25日の感染者は542人。記事には1週間前に比べて190人すくなく、12日連続で前週の同じ曜日を下回った、と書いてある。
事実だろう。
しかし、24日発表は340人なのだから、前日比では202人の増加である。数字の評価は、基準をどこに置くかで変わる。
危険を小さく見せるか、大きく見せるか。
客観的に見えて、恣意的なのが数字の魔法である。
見出しにしても、25日は、新規感染3000人下回る、一か月ぶり、だったのが、26日は沖縄最多256人、全国3900人感染。全国的には前日を900人も上回っているのに知らん顔である。
情報は、自分で分析してみよう。
その分析が、専門家からみて不適切であっても、自分の疑問を大切にしよう。
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