山本幸子「琵琶湖」(「アリゼ」202、2021年04月30日発行)
山本幸子「琵琶湖」。
琵琶湖疏水のダムで 時計回りに円を描いて泳ぐ
前を泳ぐ人の後頭部を見ながら ただ泳ぐ
静止していた水面が 時計回りに回りだす
底の泥が浮き上がって 泥の匂い
小学生が中学生のときの、遠泳の記憶だろう。描写がしっかりしていて、いっしょに泳いでいる気持ちになる。
「静止していた水面が 時計回りに回りだす」ので、その動きに乗って泳ぐ。後ろの人は泳ぐのが楽だ。「底の泥が浮き上がって 泥の匂い」は泳いだひとでないとわからない匂いだ。先頭ではなく、なかほど、あるいは後ろを泳いでいるので、泳ぐことに対する集中力に少し余裕がある。だから水の匂いの変化にも気がつく。ここには山本の「肉体」がそのまま動いている。琵琶湖と山本が「泳ぐ」という動詞を通して、ひとつに合体している。
後半、書き出しの「静止していた水面」が別の動きを見せる。その前後の描写もとても美しい。
琵琶湖の中ほどで 水は冷え冷えした群青色だ
方向を右に転じて 瀬田川を目指す
静止していた水が 流れ始める
泳ぎ疲れた体を仰向けて 水に委ねる
橋の下を過ぎ 瀬田の唐橋の下を過ぎると
石山が近い
「水に委ねる」がいいなあ。それまでは、琵琶湖と一体といいながらも、どこか水に負けまいとして泳いでいる。戦っている。でも、いまは「委ねている」。もう戦わなくてもいい、自分の力を出さなくてもいい。集中しなくてもいい。それが「瀬田の唐橋」「石山」という新しい固有名詞を引き寄せる。余裕が出てきた。意識が周囲に解放されている。ゴールが近いのだ。
浅瀬では全身を一文字に伸ばしたまま
手のひらで水を撫で 足先で水を打つ
足撃
「足撃」には「そくげき」とルビがふってある。このことばを、私は、知らない。初めて出会った。ばた足のようなものだろうか。たぶん山本の学校では、そう言っていたのだろう。
ここには山本の肉体だけではなく、山本と肉体を共有している「学校」の肉体のようなものが見える。
これも、非常におもしろい。
「個人の肉体」が「共同体の肉体」として動く。
学校の「遠泳」だから最初から「共同体の肉体」が動いているのだが、「共同体の肉体」とはいっても、ひとりひとりが真剣に泳いでいる。途中までは「自分の肉体」を守るために、それぞれが真剣だから、「共同体の肉体」よりも「水の肉体」が気になる。「時計回りに回りだす」「泥の匂い」、さらには「冷え冷えした群青色」。それが、いまは「足撃」ということばをとおして、「水の肉体」から「共同体の肉体」へと意識が変わっている。
この変化のなかに「遠泳」の「時間」が「肉体」として動いている。
で、このあと、もう一度「肉体」は生まれ変わる。
岸に上がると 浮力の支えを失って 体がよろめく
しじみの味噌汁が待っている
この「体」は個人のものだが、きっと遠泳に参加しているみんなの「肉体」も同じようによろめいている。そして、それは「しじみの味噌汁」に向かって動き始めている。「泳いだ」時間を棄てて、「しじみの味噌汁」に向かっている。この「切り換え」の早さが、なんとも楽しい。
いかにも小学生、中学生という感じ。「回復力」が違う。
こういうところも、いいなあ、と思う。
とくに新しいことばの冒険があるわけではない。でも、「肉体」のなかに生きつづけてきたことばを確実に引き出し、定着させている。そこに不思議な美しさがある。鴎外を例に引き出すとおおげさかもしれないが、ちょっと鴎外を思い出させる正直さと速度がある。「足撃」という不透明なことばがなかったら、詩は、もっと違ってきたと思う。「足撃」と「しじみの味噌汁」で、この詩のことばは「事実」のことばとして新しく生まれてきていると思った。
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