詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池田順子「たたむ」

2023-03-12 22:18:32 | 詩(雑誌・同人誌)

池田順子「たたむ」 (「ガーネット」99、2023年03月01日発行)

 池田順子「たたむ」を読む。

夕陽が畳に届くころ
母は
正座する

 この一連目を読んだ瞬間に「膝をたたむ」ということばが、やってきた。「膝をたたむ」という表現は辞書にはないのだが(「広辞苑」にはのっていなかったが)、私は「正座する」ことを「膝をたたむ」と聞いたような気がするのである。いまは正座をすることがないから、そんなことばを忘れていたが、私の田舎では「膝をたたむ」と言ったような、かすかな記憶がある。
 そして、私は、正座をしている母を思い出したのである。何をしていたのか。
 池田の詩は、こうつづいていく。

弾む光に
膝はあかるい
空き地のよう

小石の囁きが溢れる
ズボンのポケット
夢の匂いのする
シーツのしわをのばし
憂いはゆびで弾き飛ばす
枕のくぼみに
明日の約束を仕舞う

陽をたたみ終えると
母は
つま先から
母を裏返すのだった

 「シーツのしわをのばし」「陽をたたみ終える」ということばから、私は、洗濯物を畳んでいる母を思い出した。
 あ、昔は、洗濯物をたたむときでさえ正座をしたなあ。
 それはなぜなんだろうか。
 あれは、感謝のあらわれだったのかもしれない。太陽に対する感謝。洗濯物をかわかしてくれた太陽への感謝。太陽に返すものは何もない。だから、正座をして、自分を整えて、手の届かない何かに気持ちを伝える。

つま先から
母を裏返すのだった

 これが何をあらわすのかわからないが(前の部分も何を意味しているか、私は、わからないが。つまり、私は「誤読」しているのかもしれないのだが)、正座から立ち上がるとき、まず爪先を立てる、それから爪先を起点にして足裏をつける。その動きは、たしかに「裏返す」かもしれないなあ、と考えたりする。
 「たたむ」という行為は、とても不思議な力を持っている。洗濯物、衣類がそうだけれど、乱雑に積んでおくと、かなりの場所をとる。しかし、丁寧にたたむと、それは意外と小さな形になる。引き出しに放り込んだセーターやシャツは、乱れた形だとすぐに引き出しを埋めてしまうが、丁寧にたたむとスペースが簡単に生まれる。「むだ」がなくなる。
 正座をすることを「膝をたたむ」というのだとしたら、そのとき、きっと私は何かの「むだ」を省略しているのだろう。それは、別なことばで言えば、別な力を貯めているのかもしれない。そのときはつかわなかった力をつかうために立ち上がる。爪先をつかって、いちばん小さな動きで。
 そんなことを思った。
 ここには「小さな動き」を大切にする生き方が、とても静かな形で書かれている。
 「明日の約束を仕舞う」の「仕舞う」も美しいことばだなあ、と思いながら読んだ。何か特別なことが書かれているわけではないが、その特別なことではないということが、それがとても特別なことなのかもしれない、と思える詩である。

 だれか、「膝をたたむ」ということばを聞いた記憶のある人はいませんか?

 

 

 


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