池田順子「たたむ」 (「ガーネット」99、2023年03月01日発行)
池田順子「たたむ」を読む。
夕陽が畳に届くころ
母は
正座する
この一連目を読んだ瞬間に「膝をたたむ」ということばが、やってきた。「膝をたたむ」という表現は辞書にはないのだが(「広辞苑」にはのっていなかったが)、私は「正座する」ことを「膝をたたむ」と聞いたような気がするのである。いまは正座をすることがないから、そんなことばを忘れていたが、私の田舎では「膝をたたむ」と言ったような、かすかな記憶がある。
そして、私は、正座をしている母を思い出したのである。何をしていたのか。
池田の詩は、こうつづいていく。
弾む光に
膝はあかるい
空き地のよう
小石の囁きが溢れる
ズボンのポケット
夢の匂いのする
シーツのしわをのばし
憂いはゆびで弾き飛ばす
枕のくぼみに
明日の約束を仕舞う
陽をたたみ終えると
母は
つま先から
母を裏返すのだった
「シーツのしわをのばし」「陽をたたみ終える」ということばから、私は、洗濯物を畳んでいる母を思い出した。
あ、昔は、洗濯物をたたむときでさえ正座をしたなあ。
それはなぜなんだろうか。
あれは、感謝のあらわれだったのかもしれない。太陽に対する感謝。洗濯物をかわかしてくれた太陽への感謝。太陽に返すものは何もない。だから、正座をして、自分を整えて、手の届かない何かに気持ちを伝える。
つま先から
母を裏返すのだった
これが何をあらわすのかわからないが(前の部分も何を意味しているか、私は、わからないが。つまり、私は「誤読」しているのかもしれないのだが)、正座から立ち上がるとき、まず爪先を立てる、それから爪先を起点にして足裏をつける。その動きは、たしかに「裏返す」かもしれないなあ、と考えたりする。
「たたむ」という行為は、とても不思議な力を持っている。洗濯物、衣類がそうだけれど、乱雑に積んでおくと、かなりの場所をとる。しかし、丁寧にたたむと、それは意外と小さな形になる。引き出しに放り込んだセーターやシャツは、乱れた形だとすぐに引き出しを埋めてしまうが、丁寧にたたむとスペースが簡単に生まれる。「むだ」がなくなる。
正座をすることを「膝をたたむ」というのだとしたら、そのとき、きっと私は何かの「むだ」を省略しているのだろう。それは、別なことばで言えば、別な力を貯めているのかもしれない。そのときはつかわなかった力をつかうために立ち上がる。爪先をつかって、いちばん小さな動きで。
そんなことを思った。
ここには「小さな動き」を大切にする生き方が、とても静かな形で書かれている。
「明日の約束を仕舞う」の「仕舞う」も美しいことばだなあ、と思いながら読んだ。何か特別なことが書かれているわけではないが、その特別なことではないということが、それがとても特別なことなのかもしれない、と思える詩である。
だれか、「膝をたたむ」ということばを聞いた記憶のある人はいませんか?
**********************************************************************
★「詩はどこにあるか」オンライン講座★
メール、skypeを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。
★メール講座★
随時受け付け。
週1篇、月4篇以内。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。
★ネット会議講座(skypeかgooglemeet使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
週1篇40行以内、月4篇以内。
1回30分、1000円。
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。
費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。
お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com
また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571
*
オンデマンドで以下の本を発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009
(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977
問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com