中本道代「小さきもの」(「交野が腹」94、2023年04月01日発行)
中本道代「小さきもの」の書き出し。
窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながらにじり寄っていく
「窓の方へ」を「少しだけ開いた窓の方へ」と言い直したとき、この詩は、ひとつの方向性を持つ。「大きく開いた」ではなく「小さく開いた」は、世界を限定する。そのあとに「立たない手足」「もがく」「にじり寄る」がつづくのは必然である。
この必然を、どう裏切るか。
草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い
「満ちる」という動詞と、「大気」のなかにある「大」という文字。これは、一種の補色のようなものである。「少し」からはじまる「弱いもの」の対極にある。しかし、それは「弱さ」を強調されるための、一瞬の、反対概念である。
「複雑」と、中本自身が、解説してしまう。
こういう行というか、ことばの展開を、どう評価するかは、詩の問題では非常に大きくなる。たぶん、「論理的」という評価に落ち着いているのだと思う。「論理の粘着力」と言ってもいいかもしれない。それが中本の、ことばのリズムの特徴だろうと思う。
このリズムが、しつこくなっていく。
馴染んでいた場所に戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が見開かれて
まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が続く
黄昏が降りるころ
激しく頭を上げて息を吐きだし 息を吐きだし
背中を上下させていた息の流れが止まっていく
それでもまだ息を吐きだし 手足をもがき
息を吐きだし
そしてすべての動きが止まる
「息を吐きだし」だけでは、中本にとっては不十分なのだろう。「それでも」に「まだ」も追加している。
これが、中本の「キーワード」。あちこちに、「それでもまだ」が隠れている。
窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながら「それでもまだ」にじり寄っていく
草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い
馴染んでいた場所に「それでもまだ」戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が「それでもまだ」見開かれて
「それでも」まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が「それでもまだ」続く
「手足のない/小さきもの」の動き(動詞)には、いつも「それでもまだ」が隠れている。隠れてしまうことができなくて「まだ」が露出している行もある。
「手足のない/小さきもの」の「それでもまだ」が、しつこく繰り返される。「それでもまだ」という意思の力が、自然と浮かび上がってくる。私はこういう首尾一貫した「粘着力」のある文体は、好きである。
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