詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中本道代「小さきもの」

2023-03-20 21:19:12 | 詩(雑誌・同人誌)

中本道代「小さきもの」(「交野が腹」94、2023年04月01日発行)

 中本道代「小さきもの」の書き出し。

窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながらにじり寄っていく

 「窓の方へ」を「少しだけ開いた窓の方へ」と言い直したとき、この詩は、ひとつの方向性を持つ。「大きく開いた」ではなく「小さく開いた」は、世界を限定する。そのあとに「立たない手足」「もがく」「にじり寄る」がつづくのは必然である。
 この必然を、どう裏切るか。

草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い

 「満ちる」という動詞と、「大気」のなかにある「大」という文字。これは、一種の補色のようなものである。「少し」からはじまる「弱いもの」の対極にある。しかし、それは「弱さ」を強調されるための、一瞬の、反対概念である。
 「複雑」と、中本自身が、解説してしまう。
 こういう行というか、ことばの展開を、どう評価するかは、詩の問題では非常に大きくなる。たぶん、「論理的」という評価に落ち着いているのだと思う。「論理の粘着力」と言ってもいいかもしれない。それが中本の、ことばのリズムの特徴だろうと思う。
 このリズムが、しつこくなっていく。

馴染んでいた場所に戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が見開かれて
まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が続く
黄昏が降りるころ
激しく頭を上げて息を吐きだし 息を吐きだし
背中を上下させていた息の流れが止まっていく
それでもまだ息を吐きだし 手足をもがき
息を吐きだし
そしてすべての動きが止まる

 「息を吐きだし」だけでは、中本にとっては不十分なのだろう。「それでも」に「まだ」も追加している。
 これが、中本の「キーワード」。あちこちに、「それでもまだ」が隠れている。

窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながら「それでもまだ」にじり寄っていく
草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い
馴染んでいた場所に「それでもまだ」戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が「それでもまだ」見開かれて
「それでも」まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が「それでもまだ」続く

 「手足のない/小さきもの」の動き(動詞)には、いつも「それでもまだ」が隠れている。隠れてしまうことができなくて「まだ」が露出している行もある。
 「手足のない/小さきもの」の「それでもまだ」が、しつこく繰り返される。「それでもまだ」という意思の力が、自然と浮かび上がってくる。私はこういう首尾一貫した「粘着力」のある文体は、好きである。

 

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中井久夫集3

2023-03-20 18:54:37 | 考える日記

  中井久夫集3(みすず書房、2017年7月10日発行)を読み返していた。

 私は「解説」というものを、めったに読まない。人の書いた「解説」は、あくまでそのひとの考えであって、著作者(中井久夫)とは関係がないと思っているからである。この本でも、いままで「解説」を読んだことがなかった。最相葉月が書いている。そのめったに読まない「解説」をなぜ読む気になったのかわからないが、読んで、びっくり。私の名前が出てくるのだ。

 私は、なぜ中井久夫が、私の感想を組み込んだ『リッツォス詩選集』をつくろうと誘ってくれたのか、さっぱりわからなかった。中井の訳だけの方が売れるだろう。
 しかし、最相の「解説」を読むと、そうだったのか、と気づかされた。
 これ以上を書くのは恥ずかしいので、名前が出てくるページだけ、コピーしてアップしておく。
 ちょっと自慢してもいいかなあ、と思ったのである。

 中井から誘いの電話があったとき、私は完全に舞い上がって、自分で何かを判断したという意識がないが、この本の「解説」も私を舞い上がらせた。
 しばらく詩の感想を書いていなかったが、再び書き始めようと思った。
 とても励まされた。

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Estoy Loco por España(番外篇328)Obra, Joaquín Llorens

2023-03-20 17:01:42 | estoy loco por espana

Obra, Joaquín Llorens

 

 Dónde y cómo se ve una obra, eso tendrá un gran impacto en la obra.  Mientras miraba las fotos de la exposición que Joaquín había subido en Facebook, escribí un poema.

 Eso seguía existir en la esquina de la calle. Eso aparecerá ahí, sí, aparecerá. Eso es lo que pensé. Y mi pensamiento se convirtió en un poema. Escribí sobre el olor de las flores de marmelo para no olvidarlo. Era parecido al olor de las manos. Ya he olvidado el poema que escribí entonces, salvo las palabras de que se parecía al olor de las manos, pero el recuerdo de haberlo escrito y, sobre todo, el recuerdo de lo que pensé que eso aparecería allí, aún seguía existir en la esquina de la calle. La librería en la que pasé el tiempo hojeando libros ha desaparecido, y la tienda en la que me quedé mirando los posos de café pegados a mi taza de café también ha desaparecido, pero el olor a marmelos de aquella época permanece. Aunque de eso hace ya muchos años. Igual que aquel día, el olor permaneció, esparciéndose y recogiéndose en el viento. Quedó la tristeza, la tristeza que me hizo sentir que algún día escribiría un poema así. Ahora ha aparecido.

 ある作品を、どこで、どうやって見るか。そのことは、作品に大きな影響を与えるだろう。Joaquin がアップしていた展覧会の写真を見ながら、私は、詩を思いついた。

 街角にまだ残っていた。そこにあらわれる、きっとあらわれる。そう思っていた。そして、それは詩になった。忘れないように、マルメロの花の匂いのことを書いた。手の匂いに似ていた。そのとき書いた詩、手の匂いに似ていたということば以外は、もう忘れてしまったが、書いた記憶、なによりも、そこにあらわれる、きっとあらわれると思っていた記憶が、まだ街角に残っていた。本を立ち読みしながら時間をつぶした本屋は消え、コーヒーカップのそこにこびりついたコーヒーかすを見つめたあの店もなくなっていたが、あのときの、マルメロの匂いが残っていた。何年も前のことなのに。あの日と同じように、風に揺すられて、広がったり集まったりする匂いが残っていた。そんな詩を、きっといつか書くに違いないと予感した、そんな悲しみ、悲しみのままでが残っていた。それが、いま、あらわれた。

 

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