村上春樹「イエスタデイ」(『女のいない男たち』文春文庫、2022年04月05日、第15刷)
私は何度か書いたことがあるが、村上春樹の小説が嫌いだ。ただ、日本語を外国人に教えるには最適のテキストである。同じことを何度も繰り返して説明するからである。(描写ではない。)「わからなくてもつづけて読んで。同じことが別のことばで書いてあるから」と、生徒のとなりにいて、そう言うだけで日本語を教えられる。
それ以上、言うことはないと思っていたのだが。
いま日本語を教えるテキストにつかっている文庫本に「イエスタデイ」という作品がある。それを読んでいて、121ページまで来た。主人公が、かつてデートした女性と再会し、彼女とのデートのことを話す。話題は、彼女が見た「氷でできた月の夢」である。
「その夢のこと、まだ覚えていたのね?」
「なぜかよく覚えている」
「他人の夢のことなのに?」
「夢というのは必要に応じて貸し借りできるものなんだよ、きっと」と僕は言った。
この会話のあと、彼女は姿を消す。そして、「たぶん化粧室にアイメイクを直しにいったのだろう。」という文章がある。ページの最後に「空白」がある。ここで、おわった、と私は思った。そして、非常に感心した。村上春樹の小説に感心するとは思いもしなかった。
余韻がある。
「夢というのは必要に応じて貸し借りできるものなんだよ、きっと」は、小説を書いていて、突然ひらいめたことば、どこかから降ってきたことばなんだろうと思った。そういう強さがあって、そのあと彼女が消えてしまうのもとてもいい。
うーん、すばらしい。
ところが。
日本語教師をしていなかったら、そこで本を閉じるのだが、次に読む作品を予習をしておこうと思ってページを繰ったら、つづきがあるのだ。小説は終わっていない。
そして、その最後の「説明」がとてもくだらない。「説明」にもなっていない。
その前に収録されている「ドライブ・マイ・カー」も終わる直前、65ページの、みさきのセリフはとてもよかった。「ドライブ・マイ・カー」は、そのあとが短くて、まだいいのだが、それでも最後の一行はいらないだろう。
「少し眠るよ」と家福は言った。
ここで終われば、もっとよかった。
で、何が言いたいかというと、村上春樹の小説の文体は「描写」ではなく「説明」であり、村上春樹が「説明」してしまうのは、読者を信じていないからだ。読者を信じていないということは、村上春樹が村上春樹自身のことばを信じていないということなのだ。だから、どうしても長くなる。
別の生徒とは「18Q4」を読んでいるのだが、「高速道路の非常階段を降りるのに、なぜ、こんなに長い時間がかかる?」と質問されてしまったことを思い出すのだった。
だらだらと書いてしまうのは、私自身の癖でもあるのだが、だれか、村上春樹に、「ここはいらない」と助言する編集者はいないのだろうか。
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