詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中本道代「小さきもの」

2023-03-20 21:19:12 | 詩(雑誌・同人誌)

中本道代「小さきもの」(「交野が腹」94、2023年04月01日発行)

 中本道代「小さきもの」の書き出し。

窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながらにじり寄っていく

 「窓の方へ」を「少しだけ開いた窓の方へ」と言い直したとき、この詩は、ひとつの方向性を持つ。「大きく開いた」ではなく「小さく開いた」は、世界を限定する。そのあとに「立たない手足」「もがく」「にじり寄る」がつづくのは必然である。
 この必然を、どう裏切るか。

草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い

 「満ちる」という動詞と、「大気」のなかにある「大」という文字。これは、一種の補色のようなものである。「少し」からはじまる「弱いもの」の対極にある。しかし、それは「弱さ」を強調されるための、一瞬の、反対概念である。
 「複雑」と、中本自身が、解説してしまう。
 こういう行というか、ことばの展開を、どう評価するかは、詩の問題では非常に大きくなる。たぶん、「論理的」という評価に落ち着いているのだと思う。「論理の粘着力」と言ってもいいかもしれない。それが中本の、ことばのリズムの特徴だろうと思う。
 このリズムが、しつこくなっていく。

馴染んでいた場所に戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が見開かれて
まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が続く
黄昏が降りるころ
激しく頭を上げて息を吐きだし 息を吐きだし
背中を上下させていた息の流れが止まっていく
それでもまだ息を吐きだし 手足をもがき
息を吐きだし
そしてすべての動きが止まる

 「息を吐きだし」だけでは、中本にとっては不十分なのだろう。「それでも」に「まだ」も追加している。
 これが、中本の「キーワード」。あちこちに、「それでもまだ」が隠れている。

窓の方へ
少しだけ開いた窓の方へ
立たない手足でもがきながら「それでもまだ」にじり寄っていく
草木の息で満ちた大気
複雑な土の匂い
馴染んでいた場所に「それでもまだ」戻りたい
呼吸が早い
珍しい宝石だったような眼が「それでもまだ」見開かれて
「それでも」まだ何かが見えてくるのか
早い呼吸が「それでもまだ」続く

 「手足のない/小さきもの」の動き(動詞)には、いつも「それでもまだ」が隠れている。隠れてしまうことができなくて「まだ」が露出している行もある。
 「手足のない/小さきもの」の「それでもまだ」が、しつこく繰り返される。「それでもまだ」という意思の力が、自然と浮かび上がってくる。私はこういう首尾一貫した「粘着力」のある文体は、好きである。

 

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中井久夫集3

2023-03-20 18:54:37 | 考える日記

  中井久夫集3(みすず書房、2017年7月10日発行)を読み返していた。

 私は「解説」というものを、めったに読まない。人の書いた「解説」は、あくまでそのひとの考えであって、著作者(中井久夫)とは関係がないと思っているからである。この本でも、いままで「解説」を読んだことがなかった。最相葉月が書いている。そのめったに読まない「解説」をなぜ読む気になったのかわからないが、読んで、びっくり。私の名前が出てくるのだ。

 私は、なぜ中井久夫が、私の感想を組み込んだ『リッツォス詩選集』をつくろうと誘ってくれたのか、さっぱりわからなかった。中井の訳だけの方が売れるだろう。
 しかし、最相の「解説」を読むと、そうだったのか、と気づかされた。
 これ以上を書くのは恥ずかしいので、名前が出てくるページだけ、コピーしてアップしておく。
 ちょっと自慢してもいいかなあ、と思ったのである。

 中井から誘いの電話があったとき、私は完全に舞い上がって、自分で何かを判断したという意識がないが、この本の「解説」も私を舞い上がらせた。
 しばらく詩の感想を書いていなかったが、再び書き始めようと思った。
 とても励まされた。

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Estoy Loco por España(番外篇328)Obra, Joaquín Llorens

2023-03-20 17:01:42 | estoy loco por espana

Obra, Joaquín Llorens

 

 Dónde y cómo se ve una obra, eso tendrá un gran impacto en la obra.  Mientras miraba las fotos de la exposición que Joaquín había subido en Facebook, escribí un poema.

 Eso seguía existir en la esquina de la calle. Eso aparecerá ahí, sí, aparecerá. Eso es lo que pensé. Y mi pensamiento se convirtió en un poema. Escribí sobre el olor de las flores de marmelo para no olvidarlo. Era parecido al olor de las manos. Ya he olvidado el poema que escribí entonces, salvo las palabras de que se parecía al olor de las manos, pero el recuerdo de haberlo escrito y, sobre todo, el recuerdo de lo que pensé que eso aparecería allí, aún seguía existir en la esquina de la calle. La librería en la que pasé el tiempo hojeando libros ha desaparecido, y la tienda en la que me quedé mirando los posos de café pegados a mi taza de café también ha desaparecido, pero el olor a marmelos de aquella época permanece. Aunque de eso hace ya muchos años. Igual que aquel día, el olor permaneció, esparciéndose y recogiéndose en el viento. Quedó la tristeza, la tristeza que me hizo sentir que algún día escribiría un poema así. Ahora ha aparecido.

 ある作品を、どこで、どうやって見るか。そのことは、作品に大きな影響を与えるだろう。Joaquin がアップしていた展覧会の写真を見ながら、私は、詩を思いついた。

 街角にまだ残っていた。そこにあらわれる、きっとあらわれる。そう思っていた。そして、それは詩になった。忘れないように、マルメロの花の匂いのことを書いた。手の匂いに似ていた。そのとき書いた詩、手の匂いに似ていたということば以外は、もう忘れてしまったが、書いた記憶、なによりも、そこにあらわれる、きっとあらわれると思っていた記憶が、まだ街角に残っていた。本を立ち読みしながら時間をつぶした本屋は消え、コーヒーカップのそこにこびりついたコーヒーかすを見つめたあの店もなくなっていたが、あのときの、マルメロの匂いが残っていた。何年も前のことなのに。あの日と同じように、風に揺すられて、広がったり集まったりする匂いが残っていた。そんな詩を、きっといつか書くに違いないと予感した、そんな悲しみ、悲しみのままでが残っていた。それが、いま、あらわれた。

 

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Estoy Loco por España(番外篇327)Obra, Lola Santos

2023-03-19 09:58:15 | estoy loco por espana

Obra, Lola Santos

 Cuando miro la obra de Lola, siento una punzada ligera.
 Es una sensación contradictoria de haber visto algo que no debería haber visto, y de querer ver más porque no debería haberlo visto.
 ¿Por qué no debería haberlo visto? Porque la mujer está "indefensa". Ella no cree que nadie la esté mirando. Ella no tiene tensión. La impresión de su clavícula, la de sus dedos y, sobre todo, la de sus pechos sueltos. La mujer no está hacienda nada. No está pensanda en nada.
 Al mismo tiempo que el cuerpo indefenso, aquí hay un espacio indefenso, un aire indefenso. Se cuela en mi pecho y me indefensa. Es una sorpresa...... La he mirado a la mujer sin pensar....

 Lolaの作品を見て、はっと、胸を突かれる思いがする。
 見てはいけないものを見た、見てはいけないからこそ、もっと見たいという矛盾した感情だ。
 なぜ、見てはいけないのか。そこにいる女は「無防備」だからだ。だれかに見られているとは思っていない。緊張感がない。鎖骨の感じ、手の指の感じ、そして何よりも乳房のゆるんだ印象。女は何もしていない。何も考えてはいない。
 何もしていない人間の肉体を、そのまま透明な具体化している。無防備な肉体と同時に、ここには無防備な空間、無防備な空気がある。それが私の胸にすっと入り込み、私を無防備にする。その驚き……。私は何も考えずに、女を見てしまったのだ。

 

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Estoy Loco por España(番外篇326)Obra, Sergio Estevez

2023-03-18 09:08:33 | estoy loco por espana

Obra, Sergio Estevez

  

 Al ver la obra de Sergio, divagué a través de una extraña perspectiva. En sus profundidades fui conducido.
 Cada color es robusto. La robustez no es tanto una robustez que nunca se estropeará, sino una robustez que ha resistido la prueba del tiempo. Se ha descartado lo superfluo. Sólo queda lo necesario. Es un color que nunca volverá a cambiar.
 No, todos los colores se desvanecen, poco a poco, con el movimiento de la luz y el aire. Así que estas dos obras también pueden cambiar poco a poco con el tiempo.
 Pero incluso entonces, los colores me dirán en voz baja: "Así es como he vivido mi vida". Sin palabras, pero el poder de decirlo sigue siendo el mismo. Y no es "autoafirmativo". Puede hablar, pero no habla. Es la profundidad del silencio, el poder de estar ahí.
 Los colores de Sergio tienen la perspectiva del tiempo, la perspectiva del silencio.

 Sergioの作品を見ながら、不思議な遠近感のなかをさまよった。その奥へ導かれた。
 どの色も、堅牢である。その堅牢さは決して風化しない堅牢さというよりも、長い時間に耐えてきた堅牢さである。余分なものは捨ててしまった。必要なものだけが残っている。もう変わらない、という色である。
 いや、どんな色も、光や空気の動きによって少しずつ、褪せていく。だから、この二つの作品も、時間が経てば少しずつ変わるかもしれない。
 しかし、そのときも、その色は「私はこうやって生きてきた」と静かに語るだろう。静かに、そう語ることができる力が変わらない。そして、それは「自己主張ではない」。語ることはできるが、語らない。無言の深さ、ただ、そこに存在する力である。
 Sergioの色には、時間の遠近感、無言の遠近がある。

 

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まだ残っていた

2023-03-17 22:25:58 | 

 街角にまだ残っていた。そこにあらわれる、きっとあらわれる。そう思っていた。そして、それは詩になった。忘れないように、ライラックの花の匂いのことを書いた。手の匂いに似ていた。そのとき書いたことば、手の匂いに似ていた以外は、もう忘れてしまったが、書いた記憶、なによりも、そこにあらわれる、きっとあらわれると思っていた記憶が、まだ街角に残っていた。小さな本屋は消え、熱いコーヒーを飲んだ店もなくなっていたが、あのときの、ライラックの匂いが残っていた。もう何年も前のことなのに。あの日と同じように、風に揺すられて、広がったり集まったりする匂いが残っていた。そんな詩を、きっといつか書くに違いないと予感した、そんな悲しみ、悲しみのままでが残っていた。それが、いま、あらわれた。

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Estoy Loco por España(番外篇325)Obra, Fidel Vidal Pérez

2023-03-17 09:07:57 | estoy loco por espana

Obra, Fidel Vidal Pérez

 La obra de Fidel siempre está llena de luz. Es una luz transparente. Y es una luz tranquila. Cuando Fidel dibuja una sombra, puede ver claramente su quietud.
 Una iglesia en la luz. ¿La luz es de mañana, de mediodía o del atardecer?
 Pinso que luz de mediodía. Una fuerte luz que cae directamente desde arriba borra todas las formas y colores. Sólo, momentáneamente, una sombra sobrevivió.

 En ese momento, oí el silencio.

 Pero aún no estoy acostumbrado a ese silencio y oigo algo distinto al silencio. Susurros de color. Susurros de colores que desaparecen bajo la luz intensa, que se apiñan, que intentan convertirse en sombras. Susurros de colores que se susurran para sobrevivir en la sombra. 

 Fidel の作品にはいつも光が満ちている。透明な光だ。そして、それは静かな光だ。影を描いたときに、その静かさがよくわかる。
 逆光の教会。光は朝の光か、昼の光か、夕暮れの光か。
 私は真昼の光を思った。真上から降ってくる。太陽は少しだけ後ろにある。真上から降ってくる強い光は、すべての形と色を消してしまう。ただ、瞬間的に、影が生き残った。

 このとき、私には、沈黙が聞こえた。

 しかし、私はまだその沈黙に慣れていなくて、沈黙以外のものを聞いてしまう。色のささやき。強い光のなかで消えていく色の、身を寄せあって、影になろうとするささやき。影になって生き残るために、ささやきあう色の声。

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Estoy Loco por España(番外篇324)Obra, Jose Manuel Belmonte Cortes

2023-03-16 08:59:46 | estoy loco por espana

Obra, Jose Manuel Belmonte Cortes

 Esta obra de Belmonte es extraña. La obra (mujer) es una madre y Belmonte es un niño. Están intentando coger fruta de un lugar alto con un palo. O quizá la madre está enseñando a Belmonte a usar un palo. La emoción "maternal" expresada en la escultura convierte a Belmonte en un niño.
 Belmonte creó la obra con los sentimientos de un niño, y esto se refleja en la escultura.

 このBelmont の作品は奇妙だ。作品(女)は母親で、Belmont は子ども。ふたりは、高いところにある果物を棒をつかって取ろうとしているのか。Belmont が棒のつかい方を教えてもらっている。彫刻の中に表現されている「母親」の力が、Belmont を子どもにしてしまっている。
 子どもの気持ちで、Belmonteが: 作品をつくった、それが反映されているのだ。

 ¿Qué ocurre cuando el modelo se encuentra con la obra de arte? La estatua Luis mira al vacío; Luis mira a la estatua; Luis mira a la estatua; Luis mira a la estatua; Luis mira a la estatua; Luis mira a la estatua. ¿Es su futuro? ¿O es el pasado? ¿O es él mismo, el Luis que mira Belmonte, que quizá no tenga nada que ver con Luis?
 Más bien, es probable que sea un reflejo de mí allí.

 Pensaba en Belmonte y su madre con el bastón como una madre y un niño, porque así me había enseñado a usar el un palo. Cuando miro a Luis, también estoy mirando mi propio futuro.

 モデルと作品が出会ったとき、何が起きるか。彫像のLuisは虚空を見つめている。Luisは彫像を見つめている。それは、彼の未来か。あるいは、過去か。それは、彼自身か。Belmonteが見つめたLuisであって、Luisとは何の関係もないのかもしれない。
 そうではなくて、そこには私が反映されているのだろう。

 棒を持った母親とBelmonteを、母親と少年と思ったのは、私がそうやって棒のつかい方を教えてもらった経験があるからだ。そのときの私自身の動き、顔を私は知らないが、Belmonteをとおして、思い出している。Luisを見るときは、やはり私自身の未来を見ているのだろう。

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Estoy Loco por España(番外篇323)Obra, Angel Jose Lafuente Jimenez

2023-03-15 09:59:56 | estoy loco por espana

Obra, Angel Jose Lafuente Jimenez "Nudo Gordiano"

 La obra de Angel tiene liberación y tensión. Hay una belleza causada por el movimiento en su obra.
 Detrás del movimiento circular preciso, hay fuerzas que actúan en contradicción con el movimiento circular. Las líneas rectas se cruzan. La relación entre ellas es compleja pero parece simple.
 Esto se debe a que en algún lugar hay algo indeterminado.
 Lo indeterminado es antagónico a lo determinado. No, lo indeterminado es mayor que lo determinado. Es más una posibilidad que lo indeterminado.
 Mira el espacio abierto, abajo a la derecha.

 La intersección de círculos suaves y líneas rectas duras, el encuentro de opuestos, me recuerda a "La persistencia de la memoria" de Dalí. Evoca un espacio absoluto donde coexisten los opuestos.

 Angel の作品には解放と緊張がある。運動が引き起こす美しさがある。
 正確な円運動の背後に、円運動とは矛盾する力が働いている。直線が交錯している。その関係は複雑だが、シンプルに見える。
 どこかに未決定なものがあるからだ。
 未決定なものは、決定したものと拮抗している。いや、未決定なものは、決定されたものよりも大きい。それは、未決定というより、可能性なのだ。
 右下の、開かれた空間を見よ。

 やわらかい円と硬い直線の交錯、異質なものの出会いは、ダリの「記憶の固執」を思いおこさせる。異質なものを共存させる絶対空間を呼び覚ます。

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(10)

2023-03-14 21:37:00 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(10)

 「単調」とは何か。

何が来るか、ほぼ見通し済み。

 「ほぼ」が不思議だ。「ほぼ」がなければ、どうなるか。たぶん、「単調」ということを書いてみようとは思わない。「ほぼ」がある、何かが少し違う。違うけれど、その違いが「おなじ」ものにのみこまれていく。このときの喪失感のようなものが、「単調」という印象を強くする。
 おなじことばが繰り返されるこの詩のなかで、この「ほぼ」は繰り返しを拒んでいる。だから、それは、詩のなかでは「単調ではないことば」なのだが、「単調ではないことば」であることによって、逆説的に「単調」の「重力」のようなものを感じさせる。

 

 

 

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Estoy Loco por España(番外篇322)Obra, Jesus Coyto Pablo

2023-03-13 20:49:48 | estoy loco por espana

Obra, Jesus Coyto Pablo
"El bosque encantado" Serie Pictografias. 200x100cm.

 Tras escribir el último verso del poema, que empezaba con las palabras "nombre desconocido", las palabras añadieron el nombre de un árbol sin flores, a modo de nota. Con esta inserción, apareció una compleja fisura entre las palabras. La oscuridad del hermoso bosque hecho de palabras se rompió, y el espejo tras la oscuridad empezó a reflejar difusamente el pasado de las palabras. Varias palabras desconocidas se movían como el viento por el bosque, pero ninguna de ellas era realmente palabras para un árbol que no florece. ¿Cuál es el nombre del árbol? Palabras secretas, sonidos suaves, que no deben conocerse. Así que hice como que no lo oía. En los bosques de esa península, en el hogar de las palabras, no se oye nada. En el bosque, ni siquiera se oye el sonido del viento. Porque el viento siempre está soplando y sacudiendo los árboles. No, porque los árboles agitan sus cuerpos para crear el viento, emanando una niebla de palabras cálidas y una niebla de palabras frías. El día en que introduje la nota "el nombre de un nombre desconocido, el nombre de un árbol que no florece" en el poema, que termina con las palabras "Las palabras han nombrado las flores de la memoria en la niebla de sus palabras cambiantes, en la forma de cada momento", el espejo de la habitación donde sólo había palabras se agrietó y por la grieta se filtró la oscuridad de las palabras del bosque lejano. 

(Este poema fue traducido por DeepL)

 知らない名前、と書きはじめた詩の最終行を書いたあと、註釈のように、花をつけない木の名前と、ことばは書き足した。その挿入によって、ことばのあいだに複雑な亀裂が入った。ことばで作られていた美しい森の闇が破れ、闇の奥にある鏡がことばの過去を乱反射させはじめた。いくつもの知らないことばが、森を渡る風のように動いたが、どれも、ほんとうは花をつけない木のためのことばではない。何の名前か、聞いてはいけない、知らない名前。知ってはいけない、秘密のことば、やわらかな響き。だから、聞こえなかったことにした。ことばふるさとの、あの半島の森のなかでは、何も聞こえない。森のなかでは、風の音も聞こえなくなる。いつも風が吹いて木を揺すっているので。いや、木がからだを振るわせて、暖かいことばの霧と冷たいことばの霧を発散しながら、風を起こしているので。その揺れ動くことばの霧の、そのときどきの形に、ことばは記憶の花の名前をつけたことがある、ということばで終わるその詩に、知らない名前、花をつけない木の名前という註釈を、挿入したあの日、ことばしかいない部屋の鏡がひび割れ、亀裂から、遠い森のことばの闇が滲み出してきた。

 

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中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(9)

2023-03-13 18:17:53 | 中井久夫「ギリシャ詩選」を読む

中井久夫訳『現代ギリシャ詩選』読む(9)

 「デメトリオス王」は、俳優が芝居の衣を脱ぎ捨てるように、王の衣を脱ぎ捨てて逃げたと言われている。誰もが知っていることを、カヴァフィスは、再び詩にしている。それをどう訳すか。

ありきたりの王の振る舞いをみせなかった

 「ありきたり」がおもしろい。ふつうに会話しているときは無意識につかうが、無意識だからだと思うが、書きことばではなかなかつかわない。
 具体的な行動は、この一行のあとに書かれるだが、すでに「ありきたり」に「俗」が含まれていて、とてもおもしろい。「うわさ」は、この「俗」のなかを広がってゆき、王を追い越して「事実」になってしまう。
 中井久夫は、逃げ出した王にではなく、庶民に「チューニング・イン」してことばを書いている。

 

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池田順子「たたむ」

2023-03-12 22:18:32 | 詩(雑誌・同人誌)

池田順子「たたむ」 (「ガーネット」99、2023年03月01日発行)

 池田順子「たたむ」を読む。

夕陽が畳に届くころ
母は
正座する

 この一連目を読んだ瞬間に「膝をたたむ」ということばが、やってきた。「膝をたたむ」という表現は辞書にはないのだが(「広辞苑」にはのっていなかったが)、私は「正座する」ことを「膝をたたむ」と聞いたような気がするのである。いまは正座をすることがないから、そんなことばを忘れていたが、私の田舎では「膝をたたむ」と言ったような、かすかな記憶がある。
 そして、私は、正座をしている母を思い出したのである。何をしていたのか。
 池田の詩は、こうつづいていく。

弾む光に
膝はあかるい
空き地のよう

小石の囁きが溢れる
ズボンのポケット
夢の匂いのする
シーツのしわをのばし
憂いはゆびで弾き飛ばす
枕のくぼみに
明日の約束を仕舞う

陽をたたみ終えると
母は
つま先から
母を裏返すのだった

 「シーツのしわをのばし」「陽をたたみ終える」ということばから、私は、洗濯物を畳んでいる母を思い出した。
 あ、昔は、洗濯物をたたむときでさえ正座をしたなあ。
 それはなぜなんだろうか。
 あれは、感謝のあらわれだったのかもしれない。太陽に対する感謝。洗濯物をかわかしてくれた太陽への感謝。太陽に返すものは何もない。だから、正座をして、自分を整えて、手の届かない何かに気持ちを伝える。

つま先から
母を裏返すのだった

 これが何をあらわすのかわからないが(前の部分も何を意味しているか、私は、わからないが。つまり、私は「誤読」しているのかもしれないのだが)、正座から立ち上がるとき、まず爪先を立てる、それから爪先を起点にして足裏をつける。その動きは、たしかに「裏返す」かもしれないなあ、と考えたりする。
 「たたむ」という行為は、とても不思議な力を持っている。洗濯物、衣類がそうだけれど、乱雑に積んでおくと、かなりの場所をとる。しかし、丁寧にたたむと、それは意外と小さな形になる。引き出しに放り込んだセーターやシャツは、乱れた形だとすぐに引き出しを埋めてしまうが、丁寧にたたむとスペースが簡単に生まれる。「むだ」がなくなる。
 正座をすることを「膝をたたむ」というのだとしたら、そのとき、きっと私は何かの「むだ」を省略しているのだろう。それは、別なことばで言えば、別な力を貯めているのかもしれない。そのときはつかわなかった力をつかうために立ち上がる。爪先をつかって、いちばん小さな動きで。
 そんなことを思った。
 ここには「小さな動き」を大切にする生き方が、とても静かな形で書かれている。
 「明日の約束を仕舞う」の「仕舞う」も美しいことばだなあ、と思いながら読んだ。何か特別なことが書かれているわけではないが、その特別なことではないということが、それがとても特別なことなのかもしれない、と思える詩である。

 だれか、「膝をたたむ」ということばを聞いた記憶のある人はいませんか?

 

 

 


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Estoy Loco por España(番外篇321)Obra, Juan Manuel Arruabarrena

2023-03-11 17:23:35 | estoy loco por espana

Obra, Juan Manuel Arruabarrena
Nocturno n2 Chopin y Nocturno n°4

Lo que aquí se representa es la luz de la memoria.

 Chopin escribió a su novia. "Cuando compongo en mi cabeza, hay momentos en los que la melodía se apodera de mí. Su sonido es tan pequeño que me deja en soledad".
 Aguijoneado por esta carta, escribí este poema.

 Las palabras, que me han estado siguiendo a escondidas, se detuvieron de repente. Cuando sentí esto, de repente, fui incapaz de moverme. Yo era quien guiaba el camino a través de la noche, pero en mi cabeza, puede ser que siguiera a las palabras mientras se escondían. Las palabras "Lo sé" desaparecieron de repente de mi mente al mismo tiempo. Se me había escapado. No recuerdo si fueron realmente las palabras "lo sé", pero estoy seguro de que todo sucedió al mismo tiempo.
 
 Estaba mirando el cuadro titulado "Noche" cuando de repente me acordé.

 ショパンは、恋人に宛てて、こう書いている。「頭のなかで作曲していると、旋律が私を追い越していくときがある。その音があまりに小さいので、私は孤独のなかに取り残されてしまう」。
 この手紙に刺戟されて、私は、こんな詩を書いた。

 隠れながらついて来ていることばが、ふいに立ち止まった。そう感じたとき、私は突然動けなくなった。夜の時間の中を先に立って歩いていたのは私だが、頭のなかでは、私が隠れながらことばを追いかけていたのかもしれない。「私は知っている」ということばが、急に、頭のなかから消えるのと同時だった。それは、私から逃げ出したのだ。それはほんとうに「私は知っている」ということばだったかどうか、思い出すことができないのだが、何もかもが同時に起きたことだけは確かだった。
 
 「夜」というタイトルの絵を見ながら、不意に思い出した。

 

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Estoy Loco por España(番外篇320)Obra, Paco Casal

2023-03-10 11:19:23 | estoy loco por espana

Obra, Paco Casal
"Noches de luna llena" 80 x 80

 La luz de la luna cae como nieve cae y se acumula en el suelo. La luz tiene espesor. Es fuerte. Conquista la oscuridad.
 Si la luz de la luna fuera nieve, la nieve que cae sobre el mar desaparecería sin acumularse. Pero la luz de la luna de Paco no es engullida por el mar. La luz parece acumularse desde el fondo del mar e irrumpir en la superficie.
 La luz no sólo cae sobre el mar y sobre el suelo, sino que en el cielo se desplaza como una tormenta.
 Conspirando con esta fuerza de la luz es el aire transparente. Quizá el "protagonista" del este cuadrol" no sea la luz, sino el aire transparente y frio como hielo. La transparencia es invisible. Es lo transparente lo primero que es engullido por la oscuridad. El aire transparente coopera con la luz y lucha contra la oscuridad, intentando no ser engullido por ella.
 El aire transparente domina el mundo. La luz y la oscuridad se enfrentan, pero el aire transparente las une.

 Pacoの海には、月の光が、雪のように降り積もっている。その光には、厚みがある。強靱である。闇を制圧している。
 月の光が雪ならば、海に降る雪は積もることなく消えていく。しかしPacoの月の光は海にのみこまれない。海の底から光が積み上がってきて、表面を突き破っているようだ。
 海や地上に降るだけではなく、空では、嵐のように動き回っている。
 この光の力に共謀しているのが、透明な空気である。もしかすると「主役」は光ではなく、透明な空気、透明すぎて凍ってしまうような空気かもしれない。透明は、見えない。闇に一番先にのみこまれていくのは透明なものである。闇にのみこまれまいとして、光と連携し、闇と戦っている。
 透明な空気が世界を支配している。光と闇が激突しているが、それを透明な空気は統合している。

 

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