風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

そしてもう一つの分かれ

2006年05月12日 | チンゲル亭裏日記

ツェギーに、今夜電話をしました。
仕事は、どんな様子なのだろうと心配になったからです。
そして、余りに突然だったので、夫も唖然として、新しい通訳さんに、ツェギーから直接引継ぎをして欲しいことが一つ有ったのを思い出したのでした。
もう雇い主ではないのですから、夜になっての電話は、夫からかけるわけには行かないと言うので、渡りに船とわたしから電話をさせてもらいました。

10時、まだイデレーちゃんは眠っていないようです。
新しい雇い主さんは、出張中なので、仕事は月曜日から始まるそうです。
それで、今日と明日は奥様と行動を共になさっているとか。
仕事は、始まってなくて、職場に挨拶に行ったとのこと。

明日、奥様との用事が早く終わるようだったら、帰りに学校に立ち寄ってくれると約束が出来ました。

もう、自分の通訳ではないのですから、申し訳ないのですが、重要なセミナーの通訳は、彼女がとても苦心して、やり遂げたものです。
夫から指導するより、彼女からしてもらったほうが良いとの判断です。

そして、不安感を持っている新しい通訳さんに、何とか、その気になって働いてもらいたいと思うのです。
彼の名は、アルタイ(アルタイ山脈のアルタイです。アルタンだと金という意味になります)そのまま居ついてくれると良いのですが。

そして、ツェギーとはもう今までのようになれなれしくは出来ないなぁ、新しい雇い主さんとの仕事に期待し燃えているらしい彼女の様子を電話で感じて、これもまた一つの別れなのだと寂しく感じたことでした。

明日、よろしくね。
そして、ひとまず、さようなら。
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ウツカ君

2006年05月12日 | チンゲル亭裏日記

去年10月6日に、SAVE THE CHILDRENの活動を始めて、今日で27回、ハイラスに有る施設に通いました。

ゲル地区にあるということで、夫と何が起こるかわからないとかなり心配をしました。
ちょうど、息子に日本語を教えて欲しいと言う依頼が夫の元に届き、わたしがゲル地区に通うについて、ガードをすることで、日本語の会話を自力で習得するのならと言うことで、ウツカ君がやってきました。

必要以上にゲル地区を浮ェっていた私には、救世主のように思えました。

いつしか、私も活動になれ、ゲル地区もそんなに危険があるわけではないことが分かり、信頼できる女性の運転手さんが見つかってからは、すっかり彼の存在する意味がなくなってきました。

決まった運転手さんになり、毎回、待ち合わせ場所を連絡する必要がなくなったので、ウツカ君のほうから、前日に連絡をしなさい。そして、単語を覚えて、私たちの会話を良く聞いて、分からないことは質問しなさい。と申し渡しました。すると彼は休みがちになり、今日で3週続けて連絡がありません。

今日、お手伝いをしていただいていたKさんがしばらくお休みをすることになり、これでボディーガードの必要が全くなくなったので、これを期にウツカ君のお仕事にも決着をつけることにしました。

せめて、明日、昼食をと提案したかったのですが、仕事で忙しいとのことでした。
彼の理解できる言葉で、過不足なくローマ字で伝えるには、文章を考える必要があります。
そして、返事を考えているときに。
”naniga" と言うメッセージが届きました。
お昼に会うというのは、何のためにですかと言う意味のようです。
それで、「SAVE THE CHILDRENのウツカの仕事は今日で終わりです。長い間ありがとうございました。7月に日本に行ったら頑張ってください。」と返信しました。

わかりましたと言う返事は、モンゴル人は殆どの人がしません。
ですから、返事を期待していなかったら、「ほんとに、ありがとうございました」と返信が来ました。

こんな返事をもらったら、辛くなるじゃない。
どのように表現すれば、より良く伝わるかばかりを考えていたので、不意を突かれました。

これは、一つの別れなんだなぁ。。。
彼のやる気のなさばかり責めていましたが、いざとなると、寂しいものなのね。
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