惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

建国以前のローマ

2009-11-24 21:47:10 | 本と雑誌
 アーシュラ・K・ル=グウィンの新作『ラウィーニア』(谷垣暁美訳、河出書房新社)は古代ローマの詩人ウェルギリウスが書いた叙事詩『アエネーイス』に基づいています。叙事詩の主人公であるトロイアの英雄アエネーアスの妻となるラティウム人(後のローマ人)の女性の名がラウィーニアなのです。

 ギリシア・ローマ神話は小学校か中学校の時に読んだきり。もうすっかり内容も忘れています。ローマの建国についても、オオカミに育てられたロムルスとレムスという双子の兄弟がいたなあ、というぐらいの記憶しかありません。
 だから、アエネーアスやラウィーニアとロムルスたちとの関係についてもさっぱり。
 大急ぎでローマ神話のアンチョコを取り出し、建国以前のローマについて勉強しました。

 神話によれば、ローマを建国したのは双子の兄ロムルスで、紀元前8世紀のことと見られているそうです。トロイア戦争から5世紀後のことで、つまり『ラウィーニア』はローマ建国からさかのぼること500年ほども前の話なのでした。

 『ラウィーニア』の時代、ラティウム人たちはまだローマの丘に住んではおらず、トロイアから落ち延びてきたアエネーアスがラウィーニアと出会うのは、ローマからティベリウス川を20~30キロ下った海辺にある集落ラウレントゥム。ラウィーニアはここの王の娘なのでした。
 彼らから数えて15代目ぐらいがロムルスとレムスで、王族の揉め事や貴種流離譚、名誉の回復などの物語があって、2人はローマの丘に新しい都市を築くこととなります。

 それにしてもル=グウィンは何と綿密に、古代ラティウム人たちの生活を描いたことでしょう。森の霊との語らいや、火の神や季節の神を祭る多神教。男たちは男としての務めを、女たちは女としての務めを果たし、神話的でありながらきわめて人間的。さすがは文化人類学者アルフレッド・L・クローバーと『イシ 北米最後の野生インディアン』を著わしたシオドーラの娘といいたくなります。娘といっても、もう80歳になられたのですけれともね。

 さらに驚くのは、ウェルギリウスを予言者としてラウィーニアの前に登場させるという趣向。
 こんなことをすれば、未来を知る主人公の行動がぎくしゃくせざるを得ないのに、そんな懸念を見事に吹き飛ばす、堂々とした展開。ラウィーニアの生きてゆく軌跡にはまったくブレがなく、しかも、先がどうなることかとハラハラさせます。
 いや、もう……恐れ入りました。凄いよ、この作家は。