詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

野村喜和夫『言葉たちは芝居をつづけよ、つまり移動を移動を』(2)

2008-10-13 00:49:45 | 詩集
野村喜和夫『言葉たちは芝居をつづけよ、つまり移動を移動を』(2)(書肆山田、2008年10月10日発行)

 「シャルルヴィル発歯痛」は軽快で読みやすい詩だ。

ランボーの
シャルルヴィルまで行って
ぼくは歯痛をわずらった、わずらった。

発端はこうだった
夏の朝早く
ランボーなら
「おれは夏のあけぼのを抱いた」とうそぶくあの時刻
成田を発って
シベリアのタイガのうえを飛び
細くうねる蛇のような川と
ほの暗い痣のような雲の影とを
きりもなく眼下にかぞえるうち
とうとうか、やっとか、あっという間にか
やがてパリ
やがてシャルルヴィル

 2連目の書き出しの「発端はこうだった」という1行が私はとても好きだ。「発端」なんか、どこにもない。とりあえず、そこに設定してあるだけである。「意味」は書いた瞬間に否定されているのである。そして、身軽になる。
 このばかばかしさが、とてもいい。このばかばかしさが、とても好きである。

 ある詩人の作品について、「ばかばかしい」ではないけれど、一般には否定的につかわれることばで批評したところ、抗議のメールがきたことがある(書いた文章を削除しろ、と要求してきた)が、なかには「ばかばかしい」というような否定的なことばでしか評価できないものもある。
 野村の、この「発端はこうだった」には、あらゆる「発端」を切り捨てる力がある。すべてを切り捨てるということは、すべてを「発端」として採用してもいいということと、同じである。そんなばかばかしさ、つまり「意味の不成立」をうながす力がある。
 つづいて「ランボー」が出てくるが、ようするに「ランボー」ということばをどうやって早く登場させるか--それだけのために「発端」を設定しているのである。
 いいなあ、この安直な(これも、私としては肯定して書いている)軽さ。

 先に進んでの、「とうとうか、やっとか、あっという間にか」もいいなあ。早く「シャルルヴィル」を登場させたいのだが、じらしたい気持ちもある。
 でも、だれをじらすの?
 読者なら、とっくに「シャルルヴィル」があらわれることを知っている。野村が、我慢できずにすぐにでも「シャルルヴィル」をだすことはわかっている。2行目にすでにでてきているし、ごていねいにも、「ランボー」という注釈までついている。「ランボー」には「夏のあけぼのを抱いた」という注釈までついている。脇道へ入れば入るほど、「シャルルヴィル」以外のものは登場できなくなる。
 で、だれをじらしているの?
 野村自身をじらしているのだ。自分でじらして、自分でじれったがり、じぶんでたどりついて、うーん、じれるってこんなに楽しいと喜んでいる。
 いいなあ。ほんとうに、いいなあ。

 私は他人が喜んでいるのを見るのは大好きだ。

 あとは、もう、野村が自分でじらして、自分でいらいらと快感を同時に味わうのを読み進むだけである。
 そして、そのきわめつけが「歯痛」である。
 
 なんだ、この歯痛というのは?
 どんなふうに痛んだか、どれだけ苦しかったかなんて、ぜんぜん書いてない。
 自分で、歯痛と書いて、わかってよ、わかってよ、ランボーのシャルルヴィルまで来て歯痛なんだよ、このじれったい気持ちわかってよ。
 と、野村はいうのだけれど、そんなのわかりっこないわな。
 だいたい、シャルルヴィルへ行ってきました、ランボーのふるさとへ行ってきましたというのを、「わざと」歯痛にかこつけて言おうとしているんだから、ねえ、シャルルヴィルへ行ってきたといいたいだけなんでしょう? シャルルヴィルってランボーのふるさとなんだよ、知ってるっていいたいだけなんでしょ?

 まあ、こういう見え透いたことばの動き--それが見え透いていることを知っていて、野村は「わざと」こんなふうに書いている。その「発端」が「発端はこうだった」という次第だ。笑えるねえ。
 いいなあ、この矛盾。
 やっぱり長嶋茂雄を思い浮かべてしまうなあ、私は。ホームランもヒットも関係ない。ただ、バットでボールをたたきたいんだ。ピッチャーが投げてくる球をボールでたたきたいだけ。同じように、野村は、ただことばを突き動かしたいだけ。「意味」なんか、関係ない。動いていくことばの、その動きが楽しいから、なんでも書いてしまうだけなんだ。ことばを動かすためなら、どんな「わざと」もやってのける。
 いいなあ、このノーテンキ。
 (あ、これも、肯定的な意味でつかっていますよ。)



スペクタクル
野村 喜和夫
思潮社

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