詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

リッツォス「証言A(1963)」(2)中井久夫訳

2008-10-21 10:06:39 | リッツォス(中井久夫訳)
奪われざるもの   リッツォス(中井久夫訳)

奴等は来た。廃墟を見ていた。周囲の地積も。何かを目測しているらしかった。舌を出して光と風を見た。気に入ったのだ。
我々からまた奪う気だ。暑かったが、こちらはシャツにボタンを掛けた。靴を点検した。我々の一人が遠くを指さした。他の者は廻れ右をした。
他の者が逃げた時、その男はそっとしゃがんで、土くれを一握り取ってポケットに入れ、何食わぬ態で立ち去った。
外国人が見回すと、足許に深い穴があった。彼らは歩いて、時計を見て、去った。
穴の中には剣一振り、壺一つ、白骨一本。

                    「剣」以下--ギリシャ国家 



 リッツォスの詩は映画的である。ギリシャ語を知らない私は原文をもちろん知らない。中井久夫の訳でしかリッツォスを知らないのだが、とても映画的である。別のことばで言い換えると、映像が動く。なめらかに、接続して、というのではない。かならず切断されて、切断が動きをうながすのである。
 中井は句点「。」を多用することで、動きを強調する。「。」をカメラの切り替えと思って読み直すと、この作品が「映画」そのものであることがわかる。
 1行目を「カメラ」に置き直してみる。括弧内が「カメラ」である。

奴等は来た。
(遠くから歩いてくる、あるいは車でやってくる姿をロングでとらえる。カメラのなかで、人間が、あるいは車が動く。近づいてくる。--ロング)
廃墟を見ていた。
(カメラは切り替わる。切断をはさんで、廃墟の全景。人物はスクリーンのなかにはない。--ロング)
周囲の地積も。
(カメラは移動する。ロングのまま移動する。カメラの移動が視線の動きである。人物は映らない。映さない。--ロング)
何かを目測しているらしかった。
(カメラは廃墟、地積を映したまま、ロングに移動する。カメラは切り替えず、同じカメラで、人物を背後、あるいは斜め後ろから映す。廃墟と人物の背中を映しながら、カメラはしだいに人物に近づいていく。--ロング、ミドル、アップへという移動がある。)
舌を出して
(人物に近づいたカメラが横顔を映し出す。口が動く。舌が動く。この間、カメラは人物に近づきはするが、その顔の全体は映さない。あくまで口元だけを映す--クローズアップ)
光と風を見た。
(カメラは顔から廃墟、風景全体へと切り替わる。ただしこの切り替えは、切断を含まない。カメラそのものがぐぐっと視線を変えるのである。--ロング)
気に入ったのだ。
(風景の全体。輝く光と風が見えるような美しい風景。--ロング。)

 カメラが切り替わらずに、同じカメラが移動しながら視線の動きと重なる時(長回しでカメラが動く時)、そこに想像が加わる。「目測しているらしかった」「気に入ったのだ」という「思い」が加わる。
 人間の思いは、その場でとどまっても存在するだろうけれど、思いが思いになるためには、ある動きが必要なのだ。そういう人間の思考そのものを架空の「カメラ」借りて、ことばに移しかえる。

 その映像、映像のことばは何を伝えるか。どんな「意味」があるか。それを問いかけることはナンセンスである。「意味」はない。ただ「映像」の確かさだけがある。「映像」のリアリティーだけが大切なのである。



括弧―リッツォス詩集
ヤニス リッツォス
みすず書房

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ミシェル・ゴンドリー監督「僕らのミライへ逆回転」(★★★★★+ハンカチ10枚)

2008-10-21 00:22:24 | 映画
監督 ミシェル・ゴンドリー 出演 ジャック・ブラック、モス・デフ、ダニー・グローヴァー

 これは映画オタクのための映画である。
 と、思って、見始めた。実際、「ゴースト・バスターズ」「ロボ・コップ」「ライオン・キング」「2001年宇宙の旅」「ラッシュアワー」などなど次々にリメイクされていく映画がとてもおもしろい。「リメイク」は「リメイク」したくて「リメイク」しているのではない。低予算(?)だから、「本物」がつくれない。だから、「リメイク」する。
 CGはもちろん、ない。衣装もなにもない。あるのは、ただ知恵だけ。創意工夫をこらして、ただひたすら、昔見た映画を、記憶を頼りにチープにコピーする。これが、非常に、非常に、非常に、非常に、非常に、おもしろい。CGがない時代、こんなふうにして映画は工夫に満ちていたのだ。あの「2001年宇宙の旅」の手作りの工夫--そして、工夫する楽しさが、はちゃめちゃにおもしろい。
 私はかつて映画のサイトで「リメイクコーナー」というのをやっていた。それは実際に映画をつくるのではなく、見た映画を別の俳優でやると、こんな感じになるという「お遊び」コーナーである。こういう「お遊び」が楽しいのは、映画作りに参加できるからである。もちろん架空の映画だけれど、ねえ、こんな映画にしてよ、という欲望の発散である。
 映画を見終わったあと、映画のシーンを真似してみるのも、私は大好きだ。こどもの頃なら「月光仮面ごっこ」だったのが、おとなになったら「ゴーストバスターズごっこ」「2001年宇宙の旅ごっこ」という感じだ。
 自分でできる範囲で見た映画に「参加」する。それが楽しい。そのときの喜びを、この映画は、全編で展開するのである。笑いっぱなしである。ともかく、「リメイク」のめちゃくちゃなチープさ加減が、「肉体」を感じさせて楽しいのである。

 そして、この映画には、ハンカチが10枚必要な、美しい、美しい、美しい、美しい、美しい、美しい、美しい、美しい、美しい、美しいシーンがあるのだ。「ニュー・シネマ・パラダイス」の最後、延々とつづくキスシーン、「アイ・ラブ・ユー」ということばのラッシュに私は涙をとめることができなかったが、この映画の美しさはそれをはるかにしのぐ。私がいままで見た映画のなかでいちばん美しいシーンだ。
 それは。
 最後の映画ができた。みんなでそれを見ることにする。壁に白いシーツをかけ、プロジェクターを用意する。そして、いよいよ。さあ、はじまる。その、期待のなかで、電燈を消す。
 闇。真っ暗。何も見えない。
 これが美しい。その闇が美しい。何も映っていないのに、とても美しい。涙がふわーっと噴き出してくる。あとは、もう何も見えない。涙で歪んだスクリーンだけである。(もう、この美しい映像を見た瞬間に、それから以後の展開は全部くっきりわかるというか、予想通りなので、スクリーンなんか見ていなくていい。ただ、涙を流していればいい。)
 スクリーンのなかでは、登場人物たちが、映画を見ようとしている。映画は暗闇のなかで映し出される。(これがビデオ、あるいはCDとの一番の違いだ。)闇は絶対的な上弦である。映画の前に、明かりを消すのはあたりまえのことだが、それがすばらしい。その瞬間にあらわれる闇が、ほんとうに美しい。
 スクリーンにあらわれた闇。
 その真っ暗な光が劇場にひろがる。私たちが映画を見ている映画館のなかにひろがる。その瞬間、同じ暗闇で、スクリーンの登場人物と私たち観客との垣根がなくなる。暗闇になって、登場人物と、私たち観客が一体になる。私たちは劇場に座って映画を見ているのではない。登場人物たちのいるスクリーン、古いビデオショップのぎっしりひとがつまった部屋でシーツのスクリーンを見ているのだ。
 これは、うれしい。これは、興奮する。ハンカチ10枚じゃ足りない。バスタオルが必要だ。涙が、涙が、涙が、涙が、あふれて止まらない。

 あの、ダニー・クローヴァーがスイッチを押して、明かりを消すその瞬間、ぱっとあらわれる暗闇。ああ、もう一度見たい。何度でも見たい。その暗闇を、ほんとうに何度でも何度でも見たい。部屋の中が一瞬、静寂につつまれる。映画館のように。あの一瞬の、胸の高鳴り。全員の鼓動が一瞬とまり、同じリズムで動き始める瞬間だ。
 映画はやっぱり映画館で、その暗闇で、みんなが垣根をなくして、一体となって見るものなのだ。暗闇は、すべてを隠す。すべてを隠して(すべてを捨て去って)、スクリーンに描かれる夢をみんなで見るのが映画だ。みんなで同じ夢を見れば、それはもう夢ではなく、現実なのだ。
 いいなあ、このよろこび。

 この一体感は、映画(物語)のなかでは、ビデオショップから、ビデオショップがある街全体へとひろがっていく。そこには白いシーツのスクリーンの秘密が関係している。映画の秘密が関係している。このことは、まあ、多くの映画ですでに描かれたことではあるけれど、この映画では、それがハッピーエンディングにつながっているので、ここでは書かずに置いておく。
 ぜひ、見てください。絶対に、映画館で見てください。できるなら、映画オタクの友人を誘っていっしょに見てください。となりの席で、映画オタクの友人が、映画のせりふが聞こえなくなるくらい笑いころげる声を聞きながら見てください。笑い声がないと、この映画の楽しさは半減します。笑って、笑って、笑って(意味がわからなくても、笑い声があふれてくると、人間はつられて笑うものです)、さらに笑って笑って、最後の、涙、涙、涙という晴々とした映画です。
 「長江哀歌」のように10年に1本の映画とはいいません。しかし、これを映画館で見ないと、映画のよろこびがわかりません。そういう映画です。



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