詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

朝日歌壇

2009-04-06 15:22:43 | その他(音楽、小説etc)
朝日歌壇(「朝日新聞」2009年4月06日朝刊)

 俳句・短歌はよくわからない。自分でつくることもないので気ままに読んでいるだけだが、ときどき、あ、これは面白いなあと感じることがある。きょう面白いと感じたのは、短歌そのものではなく、選評。永田和宏の選。

歌集読み体言止めに倦みしころ真夜のベランダを転がるバケツ    東   洋
券売機のつり銭ほのかに温かし法隆寺駅までを一枚         太田千鶴子

東氏、上句と下句の間に因果関係がないところが面白い。体言止めが多すぎると単調になる。太田さん、結句「までを」の「を」に注目。

 ちょっと驚いた。結句「までを」の「を」に注目、か。とても繊細だ。31文字と限られているから感覚が千歳になるのではなく、ことばに対して繊細な感覚をもっているから31文字の世界でも、微妙な表現ができるのだろう。そして、その微妙さにきづき、きちんと評価するのだろう。
 東の歌とは関係ないのだが、つまり「法隆寺まで」であったとしてもそれは体言止めではないのだけれど、「を」のひとことが、「単調さ」を緩和している。いや、緩和をとおりこして、なんだか人間性さえも感じさせる。
 「法隆寺駅まで一枚」「法隆寺駅までを一枚」。意味はかわりない。太田はもしかしたら結句を「7字」にするために「を」を使ったのかもしれないが、その「を」によって「法隆寺駅まで」という気持ちを念押ししているように感じる。その、念押しの感覚、時間の一呼吸おいた感じに、不思議な落ち着き、人間の生き方の丁寧さを感じる。
 永田がなぜ「を」に「注目」と書いたのかわからないが、ちょっと楽しい気持ちになった。

後の日々―永田和宏歌集 (角川短歌叢書 塔21世紀叢書 第 100篇)
永田 和宏
角川書店

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鶴見忠良『つぶやくプリズム』

2009-04-06 11:57:47 | 詩集
鶴見忠良『つぶやくプリズム』(4)(沖積舎、2009年03月10日発行)

 「風」が登場する作品をもうひとつ紹介しよう。「別れのバラード」。

夕焼け空に
銀の馬車がとまっている
どの馬も
ひんまがった釘のよう
御者も街も みんな
とうに消えはて
馬車の中では
老いてしわくちゃな赤ん坊が
目をあけたまま
眠っている
風が遠くを
とうとうと流れている
この確かな深い沈黙だけが
なによりの贈物だ
夕焼けの空に
銀の馬車がとまっている
    (谷内注、9行目「あけたまま」の最後の「ま」は原文はをどり文字)

 不思議な静けさと温かさ。ふと、池井昌樹の詩を思い出した。ここには、池井の詩に通じる「放心」のようなものがある。世界に対して無防備である。世界と一体となって、世界を呼吸している。

老いてしわくちゃな赤ん坊が
目をあけたまま
眠っている

 という3行は「流通言語」では矛盾である。老いていれば赤ん坊ではない。目をあけていれば眠ってはいない。けれど、鶴見はそれを矛盾としてではなく、自然なことととして描いている。
 鶴見が書いている矛盾が矛盾でなくなるのは、人間が、時間を「長さ」で考えなくなる時である。どういうことも同時に起きてもいい。じっさい、こころのなかでは、いろんなことが一瞬のうちに、同時におきるではないか。こころの「枠」もとりはらって、ただ世界を呼吸する。(「放心」とは、こころの「枠」をとりはらうことである。)すると、その呼吸のなかへ、世界は一瞬のうちに入ってきて、世界そのものが鶴見になる。
 だから、何が起きてもいい。

 この瞬間も、鶴見は「風」を感じている。その「風」は「遠く」を流れている。けれど、その「遠く」を鶴見は「遠く」ではなく、間近に感じている。放心した瞬間、「時間」ガ消えるのはすでに書いたが、「空間」、その距離も消える。
 「放心」とは、あらゆる「距離」を消してしまうことなのである。
 どこまでが自分、どこまでが世界--そういう「区別」、区切りがなくなる。ただ「いのち」になる。

 この「別れのバラード」は「死」を連想させる。最後の別れの想像させる。けれど、死がこんなふうにして赤ん坊に戻り、世界をみつめたまま、銀色の馬車の中で静かに眠ることなら、死は、少しもこわくはない。

 巻末の「枇杷の花」もとても美しい詩だ。その1部の連だけを引用しておく。ぜひ、詩集を手にとって、全編を読んでください。

生命(いのち)には
なつかしい匂いがある
仄暗い光に似てはいないか
その綾なす糸
かなしみの方が 勝っている

詩集 つぶやくプリズム
〓見 忠良
沖積舎

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『田村隆一全詩集』を読む(46)

2009-04-06 00:38:53 | 田村隆一
 『5分前』の詩集の後半の作品は、私は、どの作品も好きだ。ことばが何かを書くということに従事していない。従属していない。書きたいことが最初からきまっていて、その結論に向かってことばが動いていくというのとはまったく違った動きがある。動きながら、動きそのものを探している。
 --というのは、あまりにも印象的な、印象だけを頼りにした感想だろうか。そうかもしれない。私もまた、何か、このことが書きたいと書きはじめることはない。何を書いていいかわからない。そのわからないものを探しながら書く。私の態度がそういう態度だから、田村のことばがそう見えるだけなのかもしれない。

 「画廊にて」の1連目。


悪夢を見た
その夢にうなされて
木のベッドからぼくは暗い空間に投げ出される

口笛を吹きながら
悪夢を追体験する愉しみに
濃いコーヒーをつくって飲んだ
悪夢は刻一刻と形をかえて
色彩だけが
あとに残った

 「悪夢」から書きはじめて、色彩にたどりつく。そのあと、田村のことばは「藤色」「緑」「赤」というような色をへて「色彩の渦動」のドラクロワの絵について語りはじめる。「シャッロゼーの遠望」というタイトルの絵。その絵のなかで、田村は、田村特有の「矛盾」を発見している。

「遠望」はまさに無言歌そのものの
劇的な存在 人間も 動物も その影はまったく見えない
ながらかな丘陵 その前景には五、六本のありふれた灌木と草原がひろがるばかり
空には
鉛色の雲が鈍重に動いている
たぶん
ドラクロワはその瞬間
アルジェのハーレムに閉じ込められている女たちを
英雄的に描いていたのだ

 手は「遠望」を描く。それを裏切って、「肉眼」は「アルジェの女」を描いている。この関係は、田村のことばの運動そのものである。田村のことばがそんなふうに動くから、ドラクロワの絵もそんなふうに動くのだ。ことばの動きにあわせて、ドラクロワの絵は、ドラクロワの絵であることを超越して、「遠望」から「女」への強烈なベクトルになる。
 そしてベクトルとは、実は、運動というよりも、閉じ込められた運動--閉じ込められた女のような存在、とじこめられた人間の内部のことでもある。運動は存在するのではなく、運動の意思が存在するのだ。
 それは「肉眼」にしか見えない「意思」である。「肉眼」にしか見えないエネルギーである。

 ドラクロワの絵を見ながら、田村はムンクを思い出している。そこには「肉眼」が見た「エネルギー」が次のように語られる。

「芸術は自然と対立するものである。
 芸術作品はただ人間の内側からだけ生まれる。
 芸術は、人間の神経--心臓--頭脳--眼を通して形づくられた形象の姿」
と語ったのは北欧の画家ムンクだが
彼のテーマは「自画像」であって
病気 孤独 嫉妬 不安 病気による死 欲望 恐怖
白夜 氷の国の海と森とが
「自画像」を構成する--
病的な生があるわけではない
生そのものが病気なのだ

 この「病気」とは、田村が用いる「逆説」である。あるいは「矛盾」である。何かしらの不都合なものを人間は人間の内部に発見する。その「何か」が自画像のすべてである。それは人間の肉体のあらゆるものが結ばれる一点にある。それはブラックホールのようにすべてをのみこみ、すべてを「いま」「ここ」ではないどこか、つまり「いま」「ここ」そのもののなかへ吐き出す。吸収し、同時に吐き出す。その矛盾したベクトル、動きの意思、可能性--どう呼んでみても正確にはいえない何かになる。
 矛盾のなかに、すべてがある。
 たむらは、「生そのものが病気なのだ」と書いたあと、一転して、美しい行を書いている。

秋がはじまって
あらゆるものが透明になるとき
ぼくは
画廊のなかにいる
ぼくは
画廊のなかにいない

 ドラクロワを、あるいはムンクを見る。そのとき田村は現象としては「画廊」のなかにいる。しかし、そのとき、田村の動き回ることばは「画廊」を飛び出して、別のところにいる。「シャンロゼーの遠望」を見ながらも、実は見ていない。ほんとうは「アルジェの女たち」を見ている。いや、その絵も見ないで、「肉眼」は実はムンクの「ことば」を追っている。
 そして、そこにいないからこそ、そこにしかいない。
 「レインコート」の不在証明の証明、アリバイの証明の、不思議な答え(?)が、ここにある。



陽気な世紀末―田村隆一詩集 (1983年)
田村 隆一
河出書房新社

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