詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

杉本徹「摘むことと漂流すること」

2011-02-16 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
杉本徹「摘むことと漂流すること」(「ファーズ」1、2011年01月15日発行)

 杉本徹「摘むことと漂流すること」は村松桂の写真とのコラボレーションである。村松の写真は二重露光の不思議なものだが、このコラボレーションは村松の写真が先にあったのか、それとも杉本のことばが先にあったのか、よくわからない。あまりにもうまく合致しすぎている。--といっても、その写真とことばの内容が一致しているというのではない。「思想」が合致しているのだ。

そして”木の舟”を騒がせる風の暗さは
かさなる葉から流星の方位へ向けて、この夏を編むだろう
……時間、光洩る時間はこうして揺らぎつづけ
あなたの、北緯への遮られない希いを
現れてはほどかれる境界の傾斜地で、……どこまでも、護るだろう

 杉本のことばは、ここ数日読んでいる松浦寿輝や松本圭二、福田武人のことばとはずいぶん違っている。「文字」を感じさせない。「文字」や「音」を感じさせない--というとおおげさになるが……。「文字」や「音」よりも、つかみどころのないイメージ(映像)を感じさせる。
 たとえば「騒がせる風の暗さ」ということばに触れるとき、私は揺れ動く光の暗さ(影がまじった光)を「見る」のだが、それはほんとうに見たのか、それとも錯覚なのか、よくわからない。もしかしたら「見たい」という欲望の動きを感じたのかもしれない。
 ほかのことばも、私の耳に響いてくるというより、視覚を刺激する。「北緯への遮られない希い」というように、目にみえるものなど何も書かれていないことばにさえ、イメージを感じる。北を向いたときに感じる光、その暗さのなかにあるものと共鳴するこころの動き--哀愁のようなものを、目で感じてしまう。
 そして、それは「現れてはほどかれる」ということばが象徴するように、しっかりとは固定しない。むしろ、固定を否定して動く何かである。そのしっかりとは固定しないもの、動くものは、だからといって「形」をもたないかというとそうではなくて、形をもっているのだが、なんといえばいいのだろう--半透明なのだ。(二重露光の写真のように。)半透明であることによって、「見える」と「見えない」を刺激し、その交錯によって、あ、ここにあるのは「視覚」のことばだ、と強く感じるのだ。
 この「見える」「見えない」の交錯を、杉本は別のことばで書き直している。

…………………………
かすかな、数歩の息とともに
濃い青の車の、”八月という川面2にまたたくウィンカーを、避(よ)けて
いま、遠い日にひらかれる白紙に、気配の枝が映った

 「見える」ようで「見えない」、「見えない」ようで「見える」何か--それを「気配」と杉本はとらえている。「気配」というものは、普通は(?)肌で感じるものである。私は常套句として「肌で感じる」とつかってしまうが、杉本はそれを「視覚」で感じ、その「視覚」で感じた「気配」をことばにしているのだと思う。
 目で見た(見ようとして見逃してしまった)気配を追いかけて動くことば--それが杉本の詩である、と感じた。いままで、ぼんやりと感じていた杉本の「思想」が、写真とのコラボレーションによって結晶のように形をとって私には見えてきた。(あ、これは、「見る」「見えない」という杉本のイメージに影響されて、私がそう錯覚しているだけのことかもしれないけれど。)

 もうひとつ、杉本の「視覚のことば」についてつけくわえたい。

囚われの陽射しには陽射しの、かすれてゆく母音が、うかび
それも打ち寄せる宇宙の遠近法の、静かな波頭の声で、あった(か)

 この杉本の詩には「……」や「” ”」などの記号が何回も出てくる。読点「、」もその記号のひとつかもしれない。そして、これらの「記号」は、それこそ目で見た「イメージ」であり、「気配」なのだ。杉本にとって、記号は「文字」以上に「文字」であり、「音」以上に「音」なのだ。それは杉本の「肉体」なのである。
 それを端的にあらわしたのが、

あった(か)

 の、(か)である。丸かっこである。「あった」と断定せず、疑問をつけくわえ、しかし、「あったか」ではなく、あくまでつけくわえただけの何か--その「二重露光」のような効果。
 これは、ことばの「二重露光」なのである。「あった」ではなく、「あったか」でもない。そして、両方でもある。その「二重露光」の「思想」を代弁するというより、強調するのが記号なのである。丸かっこなのである。
 杉本は、それを、そして「見ている」のである。「あった」と「あったか」が「二重露光」となって、そこに存在すること--それを目で確かめているのだ。

 杉本は、ここ2、3日読んできた詩人の中では、とりわけ「視覚的な詩人」なのである。目で書く詩人なのである。杉本の選ぶ音は、(あるいは、漢字、ひらがなは)、杉本の視覚を乱さないように、とても静かである。それも、杉本の大きな特徴であると思う。



ステーション・エデン
杉本 徹
思潮社

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クラウス・ハロ監督「ヤコブへの手紙」(★★★★)

2011-02-16 23:32:25 | 映画
監督 クラウス・ハロ 出演 カーリナ・ハザード、ヘイッキ・ノウシアイネン、ユッカ・ケイノネン

 光と影が印象的である。光と影の印象は何回か変わる。
 光と影。--冒頭のレイラが刑務所長(?)から恩赦について聞いているシーンが象徴的である。窓からの光が刑務所長の顔の一部を、口元を照らしている。眼鏡に反射した光は、刑務所長の目を隠している。レイラの目にも光と影が交錯している。まるでスポットライトのように、強い輝きと、それと対峙する強い影をつくりだしている。それは法の指導という強烈な光と犯罪という対比のようにさえ感じられる。
 恩赦で出所したレイラがヤコブ神父の元へ行く。その室内の光は、冒頭の刑務所の光とは違っている。神父館。やはり光は外からはいってきて、室内のなかに光と影をつくりだす。ただし、コントラストはいくぶんやわらいでいる。人間を照らしているというより、つつんでいるという感じがする。室内にはいりこんだ光が人間を照らし、影をつくり、同時にその影さえもつつんでいる。「愛の力」でやさしくつつむ、そういうことばがふと浮かんでくる。そういうことを想像させる光と影である。
 終身刑であったレイラという女性とヤコブ(神父)の交流、舞台である神父館を考えると、この人間をつつむ光について「神」というようなことばも浮かんでくるのだが、なんとなく違う気もする。これは私が「神」を信じていない、というか、「神」についてなにも知らないからかもしれないが……。少なくとも、私は「神」の光というものを感じなかった。
 この光の印象は、最後にもう1回変わるのだが、その前に、雨がふる。雨が出てくる。そして、このときから私は、そこにある光をただ自然の光と感じた。北欧の(南欧とは違った)やわらかい光。その光が、やわらかさゆえに小さな窓からも部屋にしずかににじむようにして入ってくる。それだけである。「愛の力」でつつむ光ではないのだ。それは、雨が「導き」でないのと同じである。ただ、そこにあるだけである。雨の非情さ(人間に対して何か導くとか逆に拒絶して何かを知らせるとかいう操作をいっさいしないこと)は、雨漏りとなって表現されている。雨が降って、屋根が破れていれば雨漏りがする。ただそれだけ。自然とはそういうものだ。
 それは逆説的な言い方になるが、ヤコブが教会のなかで神と自分の関係を見つめなおしたとき(助けを求める手紙と自分との関係を見つめなおしたとき)、はっきりする。自分の無力さ(神の無力さ)を自覚したとき、明確に描かれる。
 最後の最後に、神父と、恩赦で神父のところへやってきたレイラがこころを触れあわせるのだが、そのときの二人がいる場所は、教会でもなければ神父館でもない。神父館の庭、外である。そこにあるのは「自然の光」である。ただそこにあるだけの光である。人間に対しては何もしない。指導も、つつみもしない。人間は、そこで無防備にさらされる。
 そして無防備のまま、レイラは嘘をつく。神父にきた手紙を読むというふりをしながら、自分自身の書かれなかった「手紙」を読む。自分自身の物語を語る。その物語を聞いたあと、神父は「手紙」に返事を書かない。そのかわりにレイラの姉の手紙をレイラに届ける。神父が「郵便配達」というただの人間になる。
 神とは無関係の、ただの人間と人間との、無防備な出会いが、そこにある。そして、その人間と人間との出会いがかみあった瞬間、人間が輝く。それは何かの光(法の光、神の光)を受けて、あるいは光につつまれて輝くのではなく、人間そのものが「発光」するのである。光を放つのである。
 このとき、人間の影はどこに? 人間の肉体の内部、心の底に、静かに沈んでいくのである。
 これが美しい。

 人間と人間の出会いが人間を輝かせる--発光させる。それはレイラとヤコブの出会いそのもののことかもしれない。そして、それはまた神の否定につながるかもしれないし、そうした神を超えた人間と人間の出会いこそ神が準備しているものだと言えるかもしれない。たぶん、キリスト教徒はそういうだろなあ。
 まあ、いい。
 この映画は完全なハッピーエンドという形ではないのだが、そのことがまた逆に人間について、いろいいろ考えさせてくれる。

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