詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ナンニ・モレッティ監督「ローマ法王の休日」(★★★)

2012-08-05 13:36:48 | 映画
監督 ナンニ・モレッティ 出演 ミシェル・ピッコリ、イェジー・スツール、レナート・スカルパ

 役者に対する印象(固定観念?)というのは根強いと思う。--まあ、私のことなんだけれど。で、ミシェル・ピッコリはというと、わたしの場合、「すけべ親父」ですね。「すけべ」にもいろいろな段階(?)があって、ミシェル・ピッコリの場合は何がなんでも快楽を追求するというものではなくて、ちょっとそれがほしい、という感じの「すけべ」。だめ、といわれたら、まあ、我慢する。で、そのちょっと我慢したところが肉体のなかにたまっていて、それが妙に暗い。「陽気なすけべ」というよりも「根暗なすけべ」という感じかなあ。若いときの「昼顔」から、そんな感じがするなあ……ではなく、それ以来、私はずーっと、そういう感じでミシェル・ピッコリを見ていたんだろうなあ。
 だから。
 びっくりしましたねえ。予告編を見て、あれはミシェル・ピッコリみたいだなあ。ポスターを見て、あ、やっぱりミシェル・ピッコリだ。なりたくない「法王」に選ばれて、耐えられずローマの街に飛び出して……あれ? 「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンをミシェル・ピッコリがやるの? これはおもしろい。でも、何か違うんじゃない? どっちつかずの気持ちで映画館に入ったんだけれど。
 うーん。
 「ローマの休日」とは違いましたね。あたりまえだけれど。
 で、ミシェル・ピッコリ。これがねえ、なかなかおもしろかった。法王だから「すけべ」な感じは抑えているのだけれど、「すけべ」の対象(?)を女ではなく、「日常」にしてみると、これが私の知っているミシェル・ピッコリそのまま。知っているといっても、映画で知っているだけだけれどね。つまり、私の固定観念のままだけれどね。
 欲望の対象への迫り方が、単刀直入じゃない。単刀直入のつもりかもしれないけれど、ちょっと口ごもる。「○○がしたい」とははっきり言わない。でも、やってしまう。じわじわっと対象に迫って行って、「合体」する。あ、「カモメ」の芝居のことを言ってるんですよ、私は。「妹が役者で、練習を聞いている内に台詞を覚えてしまった」って、うーん、そういうことはあるかもしれないけれど、それを忘れていないというのが「根暗」でしょ? そうして、その「根暗」の記憶を活かして(異化して?)、「いま/ここ」という現実に入って行ってしまう。この辺の、人間のリズムがなかなかねえ。
 「すけべ」であることの、人間の強さみたいなものがありますねえ。
 この変なというか、不思議な人間のリズムが、ミシェル・ピッコリだけではなく、この映画全体を、なんとなくつつんでいる。「やりたいこと」と「やれること」のあいだで、うごめきながら、自分を守っている。つまり、「生きている」。つまり、自分を守るふりをして(受動的であるふりをして)、これなら大丈夫という部分へ自分を押し出していく。
 法王になれなかった人たちが、バレーボールをするシーンがあるが、そのシーン自体もおもしろいが、そのチーム編成をすすめるセラピストのこだわりなんかが、とてもおかしい。そのセラピストには別居(離婚?)した妻がいて、その妻もセラピスト。さらには新しい恋人もセラピストというばかばかしい関係が、法王選びの選挙の関係に似ているし、最初のセラピストでは解決できず、法王か妻の方へセカンドオピニオンを求めに行くというのも、なんとういのだろう、やっぱり「受動」を超えて「能動」として動いていく何かがあるね。まあ、こんなめんどうくさいことは、どうでもいいのだけれど。
 私が書きたいのは。(最初から、これだけを書けばよかったかな?)
 ミシェル・ピッコリはとても法王には見えない。そして、その法王には見えない部分を、この映画はていねいにていねいに描いている。チェホフの芝居をやる部分に、それがとてもよくでている。「役者になりたかった」というのがミシェル・ピッコリの言い分だけれど、もしほんとうに役者になりたいのなら「法王」という役を現実で演じればいいのだけれど、それはできない。あくまで「これは芝居ですよ」ということが見ているひとに受け止めてもらえる場で何かを演じたい。あらかじめ、観客の「了解」がほしいのがミシェル・ピッコリのいう「役者」だ。
 「すけべ」というのは相手の思いは関係なく「すけべ」というのもあるが、ミシェル・ピッコリの「すけべ」は相手の了解を得た上での「すけべ」をめざして(?)いる。で、あらかじめ「了解」が得られないなら……。
 これは書かなくてもいいよね。

 まあ、これはミシェル・ピッコリの不思議な存在感と、ゆるぎない映像の美しさを楽しむ映画だね。映像は、ほんとうにほんとうにほんとうにていねいに撮られている。ストーリーがどうなるんだろうと気になると見落としてしまうかもしれないけれど。いや、そういう気持ちがあっても、お、美しいと感じる。そういうすばらしい落ち着きもある。
                      (2012年08月03日、KBCシネマ1)




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