千人のオフィーリア(160- )
161 金子忠政
オフイーリア、
船倉の鼠の足音だけが勇気づけるような
きわなく賢い世界は
ハミングしながらでも捨てることができる
という貴方の弱々しい観念は
中空に骨を刻むように
潮時を教えてくれる
「もう何もいらない」と静かに呟ける
オフイーリア、
時にセンチメンタルに泣く君の
小鳥のようにどぎまぎもする瞳を
探し、探しあぐね
やがて、その懐にどっぷり浸る
162 橋本正秀
呟く瞳の奥底に据えられた冬の海をたぐり寄せる幻々としたフォルテピアノの調べに和する情緒の不在にドギマギとする手足の萎びた皮膚を凍える水が皺襞をたどってたどって這っていく感触のみが虚しい生の旋律を奏ではじめる
163 谷内修三
波よ、知っているか
オフィーリアを殺したのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、幽霊と会話する神経衰弱のハムレットだ、だが
波よ、知っているか、
オフィーリアを生かしているのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、無慈悲なことば、ことば、ことばのハムレットだ。
波よ、知らぬのなら返せオフィーリアを、
波よ逆巻け、波よ女たちの涙の川を遡れ、
千人のオフィーリアとなって復讐せよ、
164 橋本正秀
渦巻く、波に、
跳梁する、花々が、
波の、意思に、
おもねる。
彼女ら? 彼ら?は、
報復跋扈の、旅を、手始めに、
始める。
涙の、しぶきを、湛えた、
変幻自在の、優柔不断の、
戦士の、生誕と、滅亡を、
両天秤、さながらに、
水底の、起伏に、
寄り添う、ように、
羈旅歌に、思いを、
託す。
こみ上げる、嗚咽、
ぬめり光る、水面、
に、唾棄、しいしい、
険しく、波立つ、流れ、
に、固唾、のみのみ、
なお、なお、なお、
遡上する。
帯状に、廊下状に、
覆い被さる、水爆を、
睨む、眼光、らんらん、
猛禽類、そのままの、
光りを、双眸の、奥底から、
発射する。
165 市堀玉宗
狐火や酒臭くして閨に入る涎の如く言葉濁して
166 谷内修三
そのドアはなぜ開いているのか、
見つかったとき逃げるためか、
音を立てずに招き入れるためか、
そのドアはなぜ開いているか、
鏡でしか見たことのない形を見せるためにか、
ことばにならない声を聞かせるためにか、
そのドアはなぜ開いてるのか、
入ってくるのはいらただしい噂ばかり、
出て行くのは甘ったるい嘘ばかり、
167 市堀玉宗
てのひらに鳥の記憶のありにけりドアの向かうに羽落つるかに
168 山下晴代
鳥の祖先は、生物学の進化の歴史においては比較的遅く出現したと、カルヴィーノは、「鳥の起源」という短編の前書きに書いている。それはまだどこか爬虫類の特徴をいくつかそなえていたという。名前は、アルカエオプリックスと言った。
アルカエオプリックスは不死で、ゲーテが役人としてプロイセンへ赴任したときには、鉱山に現れて、その詩を祝福した。
また、ベケットがまだ二十代だった頃には、彼の頭蓋骨内に現れて詩を書くようにそそのかした。
アルカエオプリックスは、いま、どこでどうしているかといえば、なんと日本に飛来し、安倍首相が行かなかった、千鳥ケ淵戦没者墓苑の墓石の陰で、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の通訳をしていた……そうだ。なにぶん、ロシアのプーチン大統領が寝言で言ったことなので、その真偽は定かでない。その寝言は、ウィキィリークスによってリークされたが、ルートについては厳重に秘匿されているということだ。
おそらく、都知事候補の田母神ことタモやんが、ツィートしたのかもしれない。しかし、その鳥たちのつぶやきで溢れかえった「鳥かご」には、アルカエオプリックスはおらず、
ただ、凍りつくような闇夜の中から「コアクプフ、コアクプフ、コアアア……」と鳴く声だけが、幻聴のように聞こえてくるだけだ。
169 橋本正秀
まもなく夕方を迎えようとしている空に、
原始の鳥らが群れている。
真っ黒な腹と胸をさらして、
ゆったりと空を占拠している。
どの鳥を長い尾をこれ見よがしに、
西から東に整然と進軍を続けている。
背から頭にかけてほんのりとピンクに染めて、
いるのは気の高ぶり。
間もなく闇黒ショーの開演を告げる
鬨の声が放たれるその時。
鋭い嘴が雷光のように狂い、
雷鳴のような鳴き声が地に響く。
暗褐色の羽毛が粛々と地を覆う。
目に見えない羽毛によって、
地軸が23.44度に傾いた。
北回帰線は己が居場所を移し澄ましている。
鳥ガラ骨になった夜が明ける。
夜明けとともに叫びとなったあなた。
夢のないあなたの夢は、
西の山懐に掃き集められた。
開け放たれたドアから、
明鏡止水の「嘘つきめ」たちが、
明るい陽の光を浴びて、
出入りを繰り返している。
170 西川仁
ジュピターもその傍らの凍て月も瞑る鳥の闇に番ひて
171 市堀玉宗
愛を語れば星が鳴りだす寒さあり語れぬ愛の空々しくも
172 金子忠政
天文台で、冬の夜空へ行く。直径2㎝くらいの環がかすかにゆらめいている、古い白黒映画のように。パレスチナの星、Saturn、クロノス、すべてを食い尽くす自己破壊的な流れ、すべてがうまくいかない遅鈍、陰気、あるいは生真面目、用心深さ、あるいは臆病、節約家、いわゆる、メランコリー気質。1938年、ナチスに追われ、国境で自殺した、しなる思想家の肖像写真。「私は土星のーこのもっともゆっくり回る星、迂回と遅延とをこととする惑星のもとに生まれた」右手を頬にあててうつむいている。眼鏡の奥の、近視のひとに特有の、静謐でやわらかい、夢見るような視線が、写真の左下にたゆたっている。
173 橋本正秀
カチッと響かせた音を残して、彼女は星をでる。
迷いを感じさせないしまった横顔を覗かせて、
忌々しくもおぞましいまでの、
この星のくらしのやましさに、
心のもつれをゆりほどく気力も萎えた、
家族写真がそれぞれの思惑を、
淫らな笑みにひそめて飾られている。
近視と乱視と遠視、
これだけが着実な歩みを進めた障害を、
100円ショップの眼鏡で、
老眼のみを無理矢理矯正させた眼が、
地球を見据えて佇んである。
もはや、
愛の言葉に応えてくれる星などどこにもいない。
たとえプラネタリウムに通ったとしても、
火の鳥のファゴットが、
喉を引き絞った悲鳴をあげるのみ。
174 市堀玉宗
死ぬる世のうつくし雪の白いこと
175 山下晴代
どんな惑星にも必ず終わりがある
どんな宇宙にも必ず終わりがある
どんな物語にも必ず終わりがある
死んでる人も
生きてる人も
死につつある人も
生まれつつある人も
いつかは消える
どんな理論にも必ず終わりがある
どんな時間にも必ず終わりがある
どんな空間にも必ず終わりがある
幸せなひとも
不幸なひとも
人間でないものも
生命のないものも
いつかは果てる
その日のために鍛えておこう
きみの暗黒物質のすべてを
ニュートン、アインシュタイン、ホーキング
176 橋本正秀
澱り汚れた胎内の記憶を
たどりたどって
生かして生きて
いま在る我ら
我らから抜け出す日を夢見る
我に新たなる月のあり
この世にも
あの世にも
あたら命のある限り
あたら形のある限り
あたら物語のある限り
閉じるステージの
幕明け切らぬ
無念・残念・正念の連鎖あり
月白く美しく
寒夜に浮かぶ
腸(はらわた)えぐるそのときの
夜にまみえる
友の眼のあればこそ
小窓の一輪挿しに
冷たき月光の去来あり
月光と辻を撚り合わせて
月夜の影踏み遊びのさなか
人間の業と夢と希望が
闇黒の中にその実体を溶け込ませて
とぐろを巻いて渦巻いてくだを巻く
どよめきわめいてどよめいて
今はただ
鰤起こしの咆哮をあげるのみ
177 市堀玉宗
恋人と光りを競ひ落ちてゆくオフィーリアといふ名のゆりかもめ
178 山下晴代
ハムレットは力なげにオフィーリアの手を執(と)れり。オフィーリアは涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)いたり。
「ああ、おフィさんこうして二人が一処にいるのも今夜限りだ。お前が僕を介抱してくれるのも今夜限り、僕がお前に物を言うのも今夜限りだよ。一月十七日、おフィさん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、ハムは何処でこの月を見るのだか! 再来年の…………十年後(のち)の今月今夜…………一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死でも僕は忘れんよ! いいか、おフィさん、一月十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が…………月が…………月が…………曇ったらば、ハムレットは何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」
そうしてデンマークの王子は、蒲郡風太郎と名前を変え、「銭ゲバ」となったということである。美しかった風貌も整形手術でわざと醜くし、行動に合った外見にしたということである。その子孫は、再び美貌を取り戻し、俳優となった。名を、マッツ・ミケルセンという────。
179谷内修三
愛の嘘を見抜いたのなら、
なぜ嘘の理由を見抜けなかったのだろう。
だまされるのとどちらが愚かだろう。
投函しなかった手紙を繰り返し読む。
受け取った手紙を書いたひとの前で読む。
どちらが淫らだろう。
180 橋本正秀
ユーラシア中北部から、
愛の手紙を携えて、
飛来する鳥の群れ。
嘴には愛の言葉が詰め込まれ、
ついばみとともに、
地に愛が溢れる。
はずであった。
夏には黒く、冬には白くなる、
頭の中は、
愛の言葉の増殖器。
さえずり散らす、
くちばしは、
愛の唄の放射器。
愛は嘘の虚飾をまとって
愛となり、
嘘は愛の力で
飾られた。
騙し騙され
伴侶の鑑となって、
オフィさまの王国を
愛と嘘を綯(な)い交(ま)ぜにした
幻影で都を呑み込み、
忘却させる。
わが思ふ人はありやなしや
*
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161 金子忠政
オフイーリア、
船倉の鼠の足音だけが勇気づけるような
きわなく賢い世界は
ハミングしながらでも捨てることができる
という貴方の弱々しい観念は
中空に骨を刻むように
潮時を教えてくれる
「もう何もいらない」と静かに呟ける
オフイーリア、
時にセンチメンタルに泣く君の
小鳥のようにどぎまぎもする瞳を
探し、探しあぐね
やがて、その懐にどっぷり浸る
162 橋本正秀
呟く瞳の奥底に据えられた冬の海をたぐり寄せる幻々としたフォルテピアノの調べに和する情緒の不在にドギマギとする手足の萎びた皮膚を凍える水が皺襞をたどってたどって這っていく感触のみが虚しい生の旋律を奏ではじめる
163 谷内修三
波よ、知っているか
オフィーリアを殺したのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、幽霊と会話する神経衰弱のハムレットだ、だが
波よ、知っているか、
オフィーリアを生かしているのは川でもなければ花でもない。
それは私だ、無慈悲なことば、ことば、ことばのハムレットだ。
波よ、知らぬのなら返せオフィーリアを、
波よ逆巻け、波よ女たちの涙の川を遡れ、
千人のオフィーリアとなって復讐せよ、
164 橋本正秀
渦巻く、波に、
跳梁する、花々が、
波の、意思に、
おもねる。
彼女ら? 彼ら?は、
報復跋扈の、旅を、手始めに、
始める。
涙の、しぶきを、湛えた、
変幻自在の、優柔不断の、
戦士の、生誕と、滅亡を、
両天秤、さながらに、
水底の、起伏に、
寄り添う、ように、
羈旅歌に、思いを、
託す。
こみ上げる、嗚咽、
ぬめり光る、水面、
に、唾棄、しいしい、
険しく、波立つ、流れ、
に、固唾、のみのみ、
なお、なお、なお、
遡上する。
帯状に、廊下状に、
覆い被さる、水爆を、
睨む、眼光、らんらん、
猛禽類、そのままの、
光りを、双眸の、奥底から、
発射する。
165 市堀玉宗
狐火や酒臭くして閨に入る涎の如く言葉濁して
166 谷内修三
そのドアはなぜ開いているのか、
見つかったとき逃げるためか、
音を立てずに招き入れるためか、
そのドアはなぜ開いているか、
鏡でしか見たことのない形を見せるためにか、
ことばにならない声を聞かせるためにか、
そのドアはなぜ開いてるのか、
入ってくるのはいらただしい噂ばかり、
出て行くのは甘ったるい嘘ばかり、
167 市堀玉宗
てのひらに鳥の記憶のありにけりドアの向かうに羽落つるかに
168 山下晴代
鳥の祖先は、生物学の進化の歴史においては比較的遅く出現したと、カルヴィーノは、「鳥の起源」という短編の前書きに書いている。それはまだどこか爬虫類の特徴をいくつかそなえていたという。名前は、アルカエオプリックスと言った。
アルカエオプリックスは不死で、ゲーテが役人としてプロイセンへ赴任したときには、鉱山に現れて、その詩を祝福した。
また、ベケットがまだ二十代だった頃には、彼の頭蓋骨内に現れて詩を書くようにそそのかした。
アルカエオプリックスは、いま、どこでどうしているかといえば、なんと日本に飛来し、安倍首相が行かなかった、千鳥ケ淵戦没者墓苑の墓石の陰で、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官の通訳をしていた……そうだ。なにぶん、ロシアのプーチン大統領が寝言で言ったことなので、その真偽は定かでない。その寝言は、ウィキィリークスによってリークされたが、ルートについては厳重に秘匿されているということだ。
おそらく、都知事候補の田母神ことタモやんが、ツィートしたのかもしれない。しかし、その鳥たちのつぶやきで溢れかえった「鳥かご」には、アルカエオプリックスはおらず、
ただ、凍りつくような闇夜の中から「コアクプフ、コアクプフ、コアアア……」と鳴く声だけが、幻聴のように聞こえてくるだけだ。
169 橋本正秀
まもなく夕方を迎えようとしている空に、
原始の鳥らが群れている。
真っ黒な腹と胸をさらして、
ゆったりと空を占拠している。
どの鳥を長い尾をこれ見よがしに、
西から東に整然と進軍を続けている。
背から頭にかけてほんのりとピンクに染めて、
いるのは気の高ぶり。
間もなく闇黒ショーの開演を告げる
鬨の声が放たれるその時。
鋭い嘴が雷光のように狂い、
雷鳴のような鳴き声が地に響く。
暗褐色の羽毛が粛々と地を覆う。
目に見えない羽毛によって、
地軸が23.44度に傾いた。
北回帰線は己が居場所を移し澄ましている。
鳥ガラ骨になった夜が明ける。
夜明けとともに叫びとなったあなた。
夢のないあなたの夢は、
西の山懐に掃き集められた。
開け放たれたドアから、
明鏡止水の「嘘つきめ」たちが、
明るい陽の光を浴びて、
出入りを繰り返している。
170 西川仁
ジュピターもその傍らの凍て月も瞑る鳥の闇に番ひて
171 市堀玉宗
愛を語れば星が鳴りだす寒さあり語れぬ愛の空々しくも
172 金子忠政
天文台で、冬の夜空へ行く。直径2㎝くらいの環がかすかにゆらめいている、古い白黒映画のように。パレスチナの星、Saturn、クロノス、すべてを食い尽くす自己破壊的な流れ、すべてがうまくいかない遅鈍、陰気、あるいは生真面目、用心深さ、あるいは臆病、節約家、いわゆる、メランコリー気質。1938年、ナチスに追われ、国境で自殺した、しなる思想家の肖像写真。「私は土星のーこのもっともゆっくり回る星、迂回と遅延とをこととする惑星のもとに生まれた」右手を頬にあててうつむいている。眼鏡の奥の、近視のひとに特有の、静謐でやわらかい、夢見るような視線が、写真の左下にたゆたっている。
173 橋本正秀
カチッと響かせた音を残して、彼女は星をでる。
迷いを感じさせないしまった横顔を覗かせて、
忌々しくもおぞましいまでの、
この星のくらしのやましさに、
心のもつれをゆりほどく気力も萎えた、
家族写真がそれぞれの思惑を、
淫らな笑みにひそめて飾られている。
近視と乱視と遠視、
これだけが着実な歩みを進めた障害を、
100円ショップの眼鏡で、
老眼のみを無理矢理矯正させた眼が、
地球を見据えて佇んである。
もはや、
愛の言葉に応えてくれる星などどこにもいない。
たとえプラネタリウムに通ったとしても、
火の鳥のファゴットが、
喉を引き絞った悲鳴をあげるのみ。
174 市堀玉宗
死ぬる世のうつくし雪の白いこと
175 山下晴代
どんな惑星にも必ず終わりがある
どんな宇宙にも必ず終わりがある
どんな物語にも必ず終わりがある
死んでる人も
生きてる人も
死につつある人も
生まれつつある人も
いつかは消える
どんな理論にも必ず終わりがある
どんな時間にも必ず終わりがある
どんな空間にも必ず終わりがある
幸せなひとも
不幸なひとも
人間でないものも
生命のないものも
いつかは果てる
その日のために鍛えておこう
きみの暗黒物質のすべてを
ニュートン、アインシュタイン、ホーキング
176 橋本正秀
澱り汚れた胎内の記憶を
たどりたどって
生かして生きて
いま在る我ら
我らから抜け出す日を夢見る
我に新たなる月のあり
この世にも
あの世にも
あたら命のある限り
あたら形のある限り
あたら物語のある限り
閉じるステージの
幕明け切らぬ
無念・残念・正念の連鎖あり
月白く美しく
寒夜に浮かぶ
腸(はらわた)えぐるそのときの
夜にまみえる
友の眼のあればこそ
小窓の一輪挿しに
冷たき月光の去来あり
月光と辻を撚り合わせて
月夜の影踏み遊びのさなか
人間の業と夢と希望が
闇黒の中にその実体を溶け込ませて
とぐろを巻いて渦巻いてくだを巻く
どよめきわめいてどよめいて
今はただ
鰤起こしの咆哮をあげるのみ
177 市堀玉宗
恋人と光りを競ひ落ちてゆくオフィーリアといふ名のゆりかもめ
178 山下晴代
ハムレットは力なげにオフィーリアの手を執(と)れり。オフィーリアは涙に汚れたる男の顔をいと懇(ねんごろ)に拭(ぬぐ)いたり。
「ああ、おフィさんこうして二人が一処にいるのも今夜限りだ。お前が僕を介抱してくれるのも今夜限り、僕がお前に物を言うのも今夜限りだよ。一月十七日、おフィさん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、ハムは何処でこの月を見るのだか! 再来年の…………十年後(のち)の今月今夜…………一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死でも僕は忘れんよ! いいか、おフィさん、一月十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が…………月が…………月が…………曇ったらば、ハムレットは何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ」
そうしてデンマークの王子は、蒲郡風太郎と名前を変え、「銭ゲバ」となったということである。美しかった風貌も整形手術でわざと醜くし、行動に合った外見にしたということである。その子孫は、再び美貌を取り戻し、俳優となった。名を、マッツ・ミケルセンという────。
179谷内修三
愛の嘘を見抜いたのなら、
なぜ嘘の理由を見抜けなかったのだろう。
だまされるのとどちらが愚かだろう。
投函しなかった手紙を繰り返し読む。
受け取った手紙を書いたひとの前で読む。
どちらが淫らだろう。
180 橋本正秀
ユーラシア中北部から、
愛の手紙を携えて、
飛来する鳥の群れ。
嘴には愛の言葉が詰め込まれ、
ついばみとともに、
地に愛が溢れる。
はずであった。
夏には黒く、冬には白くなる、
頭の中は、
愛の言葉の増殖器。
さえずり散らす、
くちばしは、
愛の唄の放射器。
愛は嘘の虚飾をまとって
愛となり、
嘘は愛の力で
飾られた。
騙し騙され
伴侶の鑑となって、
オフィさまの王国を
愛と嘘を綯(な)い交(ま)ぜにした
幻影で都を呑み込み、
忘却させる。
わが思ふ人はありやなしや
*
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