詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ルキノ・ビスコンティ監督「山猫」(★★★★)

2017-01-17 09:11:52 | 映画
監督 ルキノ・ビスコンティ 出演 バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ

 4K版「山猫」を見た。劇場の上映装置は万全とはいえないようだが、シチリアの光の透明さが随所に輝いていた。冒頭の祈りのシーン。カーテンが風に揺れて輝く。風がカーテンに触れて輝きを増す。反射し、揺れる光が暗い室内を軽やかに舞う。自然の絶対的な美しさ、変わらない輝きのなかで、これから人間の興亡が始まる。

 4K版の魅力は人間描写でも強烈だ。アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレの魅力は「下品さ」にある、と私は思っている。表情に暗いエッジがある、黒い輪郭があると言えばいいのだろうか。内部があふれてきて、強い輪郭に変わるとも言える。
 クラウディア・カルディナーレが初めてバート・ランカスターの邸宅を訪問し、食事するシーンが印象的だ。アラン・ドロンが尼僧院を襲撃したときのことを語る。クラウディア・カルディナーレが唇をかみ、指で歯をなぞりながら身を傾けて聞く。最後の「オチ」(軽口)を聞いて、クラウディア・カルディナーレが大声で笑いだす。そこが食事の場であることを忘れている。貴族の家であることを忘れている。「文化」を知らない庶民の、生の肉体の本能が炸裂する。だれにも止められない。
 このシーンは何度見ても、ぞくぞくする。クラウディア・カルディナーレが下品に笑いだすのがわかっているのに、その瞬間が待ちきれない。笑い声に、大口に、あ、下品だなあと思いながら、強い力を感じる。こんなふうに下品に笑ってみたいと思う。
 下品さを誘い出すアラン・ドロンの表情もいい。片目を黒い眼帯で覆っている。血や傷は「美形」を生々しくする。傷つくことで、それが「生身」であることがわかる。「生身」が「美形」の内側からあふれてくる。
 「生身」と「生身」がぶつかり、貴族の文化の場/「人工の美」を壊してしまう。(食事が「文化」であるのは、食事のために貴族が服装を変えるところにもあらわれている。食事は「日常」のつづきではないのだ。)文化を壊されたバート・ランカスターが、クラウディア・カルディナーレの笑い声を不愉快に思い、席を立つ。これは、いわば貴族文化の敗北なのだが、クラウディア・カルディナーレは、自分が何をしたか、気づいていないのがとてもいい。
 このシーンは、ストーリー(意味)の上でも、とても重要だ。まだ貴族のままでいるバート・ランカスター、彼は没落していくのをただじっと耐えている。「形式」を保っている。アラン・ドロンは貴族の息子だが、親は財産を使い果たし、完全に没落している。クラウディア・カルディナーレは「成り金」の娘である。「身分」はないが、金は有り余るほどある。美貌もある。アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレの出会いは、落ちぶれてしまった貴族が「成り金」を利用して身を立て直すのか、「成り金」の庶民が落ちぶれた貴族を利用して「名」を手に入れるのか(さらにのしあがるのか)という「せめぎ合い」でもある。「時代」の変わり目が、ここに噴出してきている。
 もうひとつの見どころは、延々とつづくダンスパーティーである。ここでもクラウディア・カルディナーレがすばらしい。バート・ランカスターとのワルツのシーンは、絶対的貴族と絶対的庶民の「対決」の場なのだが、一歩も引けをとらない。リードされながら踊るのだが、ほんとうにバート・ランカスターがリードしているのかどうかわからない。完全に一体になっている。その魅力に、居合わせた客は踊るのを忘れ、みとれてしまう。「庶民」はこれから美しくなっていく。「貴族」はその成長を支える(文化的にリードする)ことが、その生きる道と言っているのかもしれない。(ビスコンティのしていることは、不完全な美を完璧に仕上げるということかもしれない。「生々しい美」が「燦然と輝く輝く美」になるための「形式」を与える、ということかもしれない。)
 4K版は、このダンスシーン以外でも、驚くほど強烈である。控えの間で休憩している若い女性たちを批評して、バート・ランカスターが「いとこ同士の結婚は駄目だ。あの娘たちはまるで猿だ。シャンデリアにぶら下がって騒ぎそうだ」と批評する。着飾っているが、妙に下品である。クラウディア・カルディナーレは「成り上がり」特有の下品だが、貴族の娘たちは「成り下がり」つつあるもの、落ちぶれていくものの汚れにまみれている。汚れを取り払う力がない。ふたつの下品さを比較すると、「成り上がり」の方に生命力があり、それが美しさを生んでいることがわかる。(順序は逆になったが、このあとに、先に書いたワルツのシーンがくる。だから、よけいに美しい。)
 パーティーが終わった後の、寒々とした空気も4K版は強烈に描いている。フィルムとは違った映像のエッジのようなものが、そう感じさせるのだろう。

 随所に出てくるバート・ランカスターの名文句、台詞の強さも美しい。バート・ランカスター自身の「姿勢の美しさ」も際立っている。役どころは五十歳くらい、昔のことばで言えば「壮年」という感じなのだろうが、鍛えた肉体、強靱な印象がある。入浴シーンがあり、そこで裸も披露しているが、贅肉がなく、実際にがっしりしている。このとき何歳だったか知らないが、四十歳でもとおりそうである。その肉体が台詞の力にもなっている。
 ビスコンティは役者の選び方がうまい。
                  (中洲大洋スクリーン4、2017年01月17日)

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