詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

古川真人「背高泡立草」

2020-02-11 17:11:36 | その他(音楽、小説etc)


古川真人「背高泡立草」(「文藝春秋」2020年03月号)

 古川真人「背高泡立草」は、第百六十二回芥川賞受賞作。「受賞作なし」になりそうなところを、逆転(?)勝ちして受賞作に、というような記事を新聞で読んだ記憶がある。不況は出版界にもおよんでいる。なんとしても本を売って稼がなければ、という気持ちはよく分かる。
 あまり期待して読み始めたわけではないのだが。

 「船着場」という章(?)の書き出し。

 一体どうして二十年以上も前に打ち棄てられてからというもの、誰も使う者もないまま荒れるに任せていた納屋のまわりに生える草を刈らねばならないのか、大村奈美には皆目分からなかった。                      (332ページ)

 うーん、私は、ちょっと感動した。最近は読んだこともない、古くさくて、いかにも「小説」という文体だ。「皆目」なんて、耳で聴いて、理解できるかなあ。村上春樹の磨き上げた氷の上に、さらに油を引いたような、絶対にスピードが落ちない文体の対極にある。これは、しかし、長編小説の文体ではないか。どうなるのかな?

また彼女は、草刈りに自分が加勢しなければならない理由も分からなければ、いや、きっとこちらから頼まなくても喜んで来るにちがいないと母の美穂が独り決めに決めているらしい口調で、二週間前に電話口で言ってきたことも分からずにいた。(332ページ)

 「独り決めに決めている」は舌を噛みそうだ。「分からなければ/分からずにいた」というのもしつこい。「口調で」「電話口で言ってきた」は「意味」はわかるが、こんなしつこくて古くさい言い方をいまだれがするのだろう。
 「意味」をつたえるのではなく、「意味」以外のものを書く。私は確かにそういうものを読みたいと思うが、驚いてしまう。
 これを、どこまでつづけるのか。
 ずーっとつづけるならば、それはそれでおもしろいと思う。それこそ村上春樹の「対抗馬」になってもらいたいとも思う。
 ところが。

まるで疲れを知らない馬の忙しく交互に踏み出される脚でも眺めているような気持ちになりながら感じていた。                    (338ページ)

 ここに書かれている「馬」は、どんな馬? 馬を古川はどこで見たんだろうか。競馬場? 競走馬は「疲れを知らない」という走り方はしないだろうなあ。ゴールがきまっている。そこへ向けて必死に走るだけである。
 たぶん古川は「疲れを知らない馬」を見ないままに書いている。「比喩」を自分の「肉体」から引き出しているのではなく、「古い小説」で読んだことばのなかから引き出している。
 古川の「文体」が古いのは、古川が「古い時間」を生きているからではなく、たんに読んでいる本が「古い」だけなのだ。「ことば」が「肉体」を通っていない。「頭」を通り抜けているだけなのだ。
 この「馬」のあと、「母と伯母はどちらも、せっかちかと思えばだらしなく、またそうかと思えば」から「少しも躊躇わなかった」までの、十二行もつづく長い文章(338ページ)も、どこかの「古い」小説をのことばを「引用」し、つなぎ合わせている感じがしてしまう。
 村上春樹の文章は、翻訳しやすいように「整理」されすぎているが、古川の文章は、逆に「整理」ということが一切されていないだけなのだ。
 小説は「現代」と「過去」を行ったり来たりする。それも単に「整理」ができていないだけなのだろう。「だろう」と推量で書くのは、「雄飛熱」「昼」と350ページまで読んで、それから先をやめてしまったからだ。それにつづく「芋粥」をちょっと眺めてみたが「過去(戦争)」が書かれている。どうしたって、体験ではないね。
 小説が「体験」にもとづかなければいけないというわけではない。「体験」しか書けないのだったら、小説の意味がない。でも、そのことばは、作者自身が「肉体」で知っているものでないとつまらない。どこかに「生々しい」ことばがあるかもしれないけれど、先に引用した「馬」のような古川のことばを支えているのだとしたら、読んでもぞっとするだけだなあと思ったのである。
 「頭」で知っていることばで「肉体」のなかでうごめくものを整理しても、それは文学にはならない。ことばの整理の手順というか、方向性が完全に間違っていると思う。










*

評論『池澤夏樹訳「カヴァフィス全詩」を読む』を一冊にまとめました。314ページ、2500円。(送料別)
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168076093


「詩はどこにあるか」2020年1月の詩の批評を一冊にまとめました。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168078050
(バックナンバーについては、谷内までお問い合わせください。)

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

嵯峨信之『小詩無辺』(1994)を読む(24)

2020-02-11 09:56:05 | 『嵯峨信之全詩集』を読む
* (ぼくが見たものはすべて雪に消されて)

そこにどたりと放りだされる
いわゆる白紙刑である

 「そこ」は先に書いたように、無意識に認識されている場所である。あえていえば「ここ」でも「あそこ」でもない中間地点。あいまいなひろがり。あいまいだから「そこ」というのかもしれない。
 「どたり」という響きがおもしろい。私は北陸の生まれなので、雪が「どたり」と屋根から落ちるときの音と量を知っている。そして、そういうものを思い浮かべるのだが、「消されて」「白紙」になったものが、ただ広がっているのではなく、積み上げられている感じが、とても印象的だ。









*

詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
定価の下の「注文して製本する」のボタンを押すと購入の手続きが始まります。
私あてにメール(yachisyuso@gmail.com)でも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2020年02月11日(火曜日)

2020-02-11 09:39:42 | 考える日記
 木がある。これを「私が、木を見る」「木が、私に見える」と言い直すことができる。鳥が鳴いている。「私が、鳥の声を聴く」「鳥の声が、私に聴こえる」と言い直すことができる。
 いつも「私」が動いている。「肉体」が動いている。
 だからこれを「私の肉体が私の肉体ではないものと出会っている(向き合っている)」と言い直すことができる。出会い方、向き合い方が「見る/見える」「聴く/聴こえる」だが、これをさらに「ある」と言い直すことができるのではないか。
 木が「ある」、鳥の声が「ある」。そのようにして、世界が「ある」。
 私がいるとき、私の「肉体」が「ある」とき、かならず何かが「ある」。その「何か」と向き合うとき、世界が「ある」。世界が「はじまる」。

 私が生まれてきたとき、すでに「世界」は「あった」。
 でも、それは世界が「ある」というのとは違う。「はじまる」というのとは違う。
 私の「肉体」が何かと向き合い、「肉体」が動く。そのとき、世界が「ある」。「肉体」が動いていくところまでが「世界」。動いて行って「ある」を確かめるだけだ。世界が「どのようして」あるかを。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする