縦割り打破?
自民党憲法改正草案を読む/番外410(情報の読み方)
2020年11月02日読売新聞夕刊(西部版・4版)に衆院予算委の「一問一答」がのっている。
という見出し。最初の質問者は自民党議員だから、夕刊で報道されているのは、いわば「身内のよいしょ」で固められた「宣伝」。そして、だからこそ、ここに「問題」が隠されている。
記事には、こう書いてある。
ここで言う「縦割り行政」とは「各省庁」ごとの「縦割り」である。これをどうやって「打破」するか。菅は単に情報を「デジタル化」するだけではなく、「各省庁が持っている権限を含め、(デジタル庁に)権限をしっかり付与していきたい」と言っている。
これは、言い直せば、
「権限をデジタル庁に一元化する」
ということである。この「一元化」は「デジタル庁」が新しい「縦割り」の元締めになるということである。
さらに言い直せば、菅の意図を各省庁に伝える(各省庁を支配する/個別の反論を許さない)ために「デジタル庁」を利用するということである。
これを私たち国民の「情報」と結びつけて言い直せば、国民のデジタル化された情報を全て「デジタル庁」が把握し、その情報を国民を支配するために利用するということ、国民を政府の下に置き、支配すること(独裁を完成すること)になる。
どんなことでもそうだが、立場が違えば、ものの「見え方」が違う。ある立場からは見えなかったものが、別の立場から見える。
たとえば「原子力発電」は「温暖化ガス」を排出しない。けれど放射能の危険が伴う。廃棄物の処理の問題が伴う。(ほかにも、いろいろあるが。)どちらか一方だけの「情報」を取り上げて、その「情報」をもとに全体をしはいしてしまうことは危険である。
つねに多様な視点からの点検が必要である。「多様性の確保(多様性の担保)」について、菅は何も言っていない。
すでに学術会議問題で明らかになったように、菅は「多様性の排除」を政権の目標にしている。
同じ視点で「デジタル庁」を設置しようとしている。
読売新聞の見出しは、まことに正直に菅の意図を代弁している。
デジタル庁に権限を集中させる
と「集中(させる)」ということばを補えば、菅の狙いが明確になる。権限を集中させ、支配の「効率化」をはかる。異論を許さない(反論するものは排除する/異動させる)ということが、「デジタル庁」が設置されれば急速に進むのである。
少し会社組織などと比較してみればわかる。いまは、どの会社でも「デジタル化」が進んでいる。どの会社にも「デジタル(情報)/システム」を支える部門はあると思う。しかし、そういうシステムや情報は、いわば「補助機関」である。組織の「主役」ではなく「脇役」である。「主役」になってはいけない機関である。
「主役」は「企画・立案」である。何が問題であり、それに対して何ができるか。それを考える。そこから派生してくる問題をどうサポートするかというのが「脇役」の仕事であり、「デジタル処理/デジタルシステム」というのは、その一部である。
しかし、菅は、その「脇役」を「主役」にしようとしている。
「デジタル庁」はきっと戦前(戦中)の「軍隊」のように国民を支配することになる。たぶん菅は「軍隊」組織として「デジタル庁」を活用しようとする。すでに「警察国家」の様相を見せ始めているが、それがいっそう拡大する。
「デジタル」ということばにだまされてはいけない。「情報検閲・情報支配組織」がその「正体」である。
*
「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
#菅を許さない #憲法改正 #読売新聞
*
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自民党憲法改正草案を読む/番外410(情報の読み方)
2020年11月02日読売新聞夕刊(西部版・4版)に衆院予算委の「一問一答」がのっている。
改革「デジタル庁に権限」/衆院予算委 首相「一問一答」初論戦
という見出し。最初の質問者は自民党議員だから、夕刊で報道されているのは、いわば「身内のよいしょ」で固められた「宣伝」。そして、だからこそ、ここに「問題」が隠されている。
記事には、こう書いてある。
首相は、政権の看板政策である行政のデジタル化について、「行政の縦割りを打破し、大胆に規制改革を断行する突破口としてデジタル庁を創設する」と改めて表明した。その上で「社会全体のデジタル化に責任を持って取り組むため、各省庁が持っている権限を含め、(デジタル庁に)権限をしっかり付与していきたい」と述べた。
ここで言う「縦割り行政」とは「各省庁」ごとの「縦割り」である。これをどうやって「打破」するか。菅は単に情報を「デジタル化」するだけではなく、「各省庁が持っている権限を含め、(デジタル庁に)権限をしっかり付与していきたい」と言っている。
これは、言い直せば、
「権限をデジタル庁に一元化する」
ということである。この「一元化」は「デジタル庁」が新しい「縦割り」の元締めになるということである。
さらに言い直せば、菅の意図を各省庁に伝える(各省庁を支配する/個別の反論を許さない)ために「デジタル庁」を利用するということである。
これを私たち国民の「情報」と結びつけて言い直せば、国民のデジタル化された情報を全て「デジタル庁」が把握し、その情報を国民を支配するために利用するということ、国民を政府の下に置き、支配すること(独裁を完成すること)になる。
どんなことでもそうだが、立場が違えば、ものの「見え方」が違う。ある立場からは見えなかったものが、別の立場から見える。
たとえば「原子力発電」は「温暖化ガス」を排出しない。けれど放射能の危険が伴う。廃棄物の処理の問題が伴う。(ほかにも、いろいろあるが。)どちらか一方だけの「情報」を取り上げて、その「情報」をもとに全体をしはいしてしまうことは危険である。
つねに多様な視点からの点検が必要である。「多様性の確保(多様性の担保)」について、菅は何も言っていない。
すでに学術会議問題で明らかになったように、菅は「多様性の排除」を政権の目標にしている。
同じ視点で「デジタル庁」を設置しようとしている。
読売新聞の見出しは、まことに正直に菅の意図を代弁している。
デジタル庁に権限を集中させる
と「集中(させる)」ということばを補えば、菅の狙いが明確になる。権限を集中させ、支配の「効率化」をはかる。異論を許さない(反論するものは排除する/異動させる)ということが、「デジタル庁」が設置されれば急速に進むのである。
少し会社組織などと比較してみればわかる。いまは、どの会社でも「デジタル化」が進んでいる。どの会社にも「デジタル(情報)/システム」を支える部門はあると思う。しかし、そういうシステムや情報は、いわば「補助機関」である。組織の「主役」ではなく「脇役」である。「主役」になってはいけない機関である。
「主役」は「企画・立案」である。何が問題であり、それに対して何ができるか。それを考える。そこから派生してくる問題をどうサポートするかというのが「脇役」の仕事であり、「デジタル処理/デジタルシステム」というのは、その一部である。
しかし、菅は、その「脇役」を「主役」にしようとしている。
「デジタル庁」はきっと戦前(戦中)の「軍隊」のように国民を支配することになる。たぶん菅は「軍隊」組織として「デジタル庁」を活用しようとする。すでに「警察国家」の様相を見せ始めているが、それがいっそう拡大する。
「デジタル」ということばにだまされてはいけない。「情報検閲・情報支配組織」がその「正体」である。
*
「情報の読み方」は10月1日から、notoに移行します。
https://note.com/yachi_shuso1953
でお読みください。
#菅を許さない #憲法改正 #読売新聞
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「天皇の悲鳴」(1000円、送料別)はオンデマンド出版です。
アマゾンや一般書店では購入できません。
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