詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

岩佐なを『ゆめみる手控』

2020-11-04 09:38:31 | 詩集
岩佐なを『ゆめみる手控』(思潮社、2020年10月20日発行)

 岩佐なを『ゆめみる手控』の「手控」は「手控え帳」だろうなあ。手帖、メモ。詩はどれも短い。ときどき版画が入っている。
 どの作品について感想を書こうか、かなり迷う。
 こういう短い詩だと、なんというか「意味」をこねくりまわせない。別に「意味」が書きたいわけではないし、「意味」は詩ではないと思っているけれど、ほら、「意味」というのは説得力があるし、「論理」を組み立てていると、なんとなく「もの」を書いている気持ちになる。「結論」は嫌いだけれど、「結論」に向かって動いているぞと感じるのは、ちょっとした快感である。
 「作田」という作品。

作田君サクタサルマタフェルマータ

 という魅力的な一行ではじまる。何が魅力的か。「音」である。作田君をからかう不思議な音。「サルマタ」ということばから、これが古い時代の音であることがわかる。いまは、言わないようなあ。似たようなことを言えば「いじめ」になってしまうしなあ。しかし、こういう軽口のようなものが許される時代があった。
 と書いてしまうと「意味」になってしまう。
 それは、よそう。

作田君サクタサルマタフェルマータ
なんて言ってごめん
もうあれから五十年
どこへ謝りに言ったらいいか
随意の長さで生涯を続行中だろうか
廃校の窓から追憶の赤糸を靡かせて
朝やけ寂寞と夕やけ寂寥の
透明度を測ってみる
ダ カーポ
ムリもどれない

ここには先に書いた「意味」だけではなく、もっと「意味らしい意味 (辞書的な意味) 」も交錯している。「フェルマータ」「随意の長さ」、「ダ カーポ」「もどれない」。でも、そういう「意味」を読み出すと何かおもしろくない。「謝りに行く」ということばもけとばして、

作田君サクタサルマタフェルマータ

 という音にもどりたい。岩佐は「もどれない」というけれど、私はもどるのだ。きっと「もどれない」と書いている岩佐ももどっているはず。もどらないと「作田君サクタサルマタフェルマータ」なんて書けない。
 「粘土」も好きだなあ。

粘土を手にして
お題が「自由」となれば
だれしもがうんちをつくる
テクのあるものはちんぽをつくる
はずかしくないあたりまえのことぞ
粘土はもまれて心底よろこんでいます
きゃうきゃう

 最後の「きゃうきゃう」がいいなあ。「きゃうきゃう」いいながら粘土遊びをしてみたい。「よし、できた。これなんに見える?」。そうなのだ、つくることと「ことば」を言わせること(ことばを結びつけること)がいっしょになっている。「ことば」の発見がある。言いたいこと、言ってはいけないこと。ことばが動き回る。そこにはもちろん「はずかしくないあたりまえのこと」があるんだけれど、「はずかしくないあたりまえのこと」になるまでには、けっこう時間がかかる。それまでは「きゃうきゃう」と、「意味」にならないことばを発するのだ。「うんち」も「ちんぽ」ということばも最初は「意味」ではなく「もの」そのものだった。それがいつのまにか「意味」になっていく。「意味」を身につけることが「ことば」を身につけること。でも、そのときは、もう「よろこび」がない。「うんち、うんち、うんち」「ちんぽ、ちんぽ、ちんぽ」と声に出す肉体の解放感がない。解放感なんて言うことばを知らず、ただ「声」にだすよろこびがあふれる時代があったのだ。
 そして、「粘土」が「ちんぽ」なら「粘土はもまれて心底よろこんでいます」は「ちんぽはもまれて心底よろこんでいます」である。「きゃうきゃう」。というような「意味」は言ってはいけないのだが、言ってはいけないことだから、書いておく。
 「キス」と「生前」は「舌」をテーマにしているという共通点がある。どっちが好き?私は「生前」がいい。

生前だったら
唇を噛む面影がある
臍も噛むし最後は舌だって噛める
だんだん歯が利かなくなって
舌の時代がくる
噛み切らなくてよかったね
あっかんぺえ祭

 最後の「あっかんべえ」がいいなあ。この「あっかんべえ」にも「意味」はあるが、「意味」になる前の「あっかんべえ」を思い出すのである。拍車をかけて「祭」にしてしまう。「意味」というのは「うんち」「ちんぽ」がそうであるように、そのことば(音)を発した側には「もの」しか存在しないのに、それがだんだん周囲のひとの反応から「意味」にかわっていく。他人の反応を受け止めながら(見ながら?)「意味」は徐々に固定化されてくる。「作田君サクタサルマタフェルマータ」も同じ。いまなら「謝罪」という「意味」さえ求められる。でも、それを最初に口にしたとき(音にしたとき)、そこには「意味」などまだ存在しない。ただ「音」があった。
 「キス」がいまひとつ好きになれないのは、そこには「音」がなく、「意味」だけがあるからだ。そして、その「意味」というのは「感情」でもある。「抒情」と言い直してもいい。だから、こっちの方が好きという人も多いはず。でも、私は嫌いと言う。嫌いといいながら、その詩を引用しておく。
 ほら、岩佐の詩は、こんなに気持ちが悪い、と私はどうしても言いたいのだ。気持ちが悪いということを言っておかないと、どうも落ち着けないところがある。

キスしているときに気づいた
あなたはこの世ではまぼろし
舌がなかったから
それでもさいごの抱擁に来てくれてありがとう
地獄で抜かれたのね一昨日
蜘蛛の巣に朝日が光って
うそつき





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