詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田中さとみ『ノトーリアス グリン ピース』

2020-11-18 11:04:16 | 詩集


田中さとみ『ノトーリアス グリン ピース』(思潮社、2020年10月31日発行)

 私が若い人の詩を読んでいちばん感じるのはリズム感覚が私とはまったく違うということだ。田中さとみのことは何も知らないが、若い人だと思う。
 『ノトーリアス グリン ピース』の巻頭の詩「天国への階段を買おうとしている彼女を知っている」という作品。

マイクロプラスチックを食べた、歴史に回収されるまえの、色の黒い尉、
に接続されていく、
羽衣の菌糸が雪のように染みていくのを感じていた
   ニホンオオカミの  身体、

 「接続」ということばをつかいながら、「に接続されていく、」という一行は「切断」を強調する。あるいは「飛躍」を、と言えばいいのかもしれない。
 私は、岸野昭彦の「接続詞」をすこし思い出すが、岸野にあった「接続詞」の必然性が、田中の詩では感じられない。「飾り」のように見えてしまう。「飾り」は「飾り」でいいと思うけれど。というか、この「接続」ということばをつかって「切断/分断/破壊」のリズムはそれなりにおもしろいと思うけれど。
 私がついていけないのは、このリズムが途中で大きく変わってしまうことだ。

水玉の鹿が木陰から覗いていた、寄木細工でできた湖が零れると、
鹿の水玉は笑うように 揺れるので、ささやかな風ばかりが 吹いている、
水玉のなかには、ひとすじのあめんぼ(wwweb.)が 浮かんでいる の
切り裂くように水を掻くと、五線譜は乱れ る

 ここでは「飛躍/切断/破壊」とは別の「粘着力」が働いている。「水玉」が三行にわたって繰り返されたはてに、まだ「水」がことば(肉体)として残っている。「飛躍」というよりも、ずるずるとことばを這い回っている感じがする。
 私は、こういう「リズム」の変化についていけない。「文体」の変化と言い直してもいい。
 私は文学作品というのは、つまるところ「リズム(文体)」の維持であると思う。どこまで同じ「文体(リズム)」でことばを動かしていけるか。「リズム」が同じなら、私は安心してそのことばを追っていける。それが「飛躍」のリズムであろうが「這いずりまわる」リズムであろうが。
 好意的に読み直せば、「に接続されていく、」という一行は、すでに「切断/飛躍」ではなく「接続(連続/粘着力)」そのものを暗示しており、それが詩の途中から動き始めるということなのかもしれないが、私の「肉体」が納得しない。
 「頭の誤読(好意的な読み方)」に対して、私の「肉体」が「いやだ」と叫ぶ。その「肉体」の声に私はしたがう。
 「キミが最初の花だった」は「時間」の経過にしたがってことばが動いている。「時間」を刻印しながら断章がつづいている。「時間」を記すことで「リズム」をつくり、その「リズムの間」にもう一つの別の「リズム」を交錯させる。(行間の空きは不揃いなのだが、私はすべて一行空きで引用する。元の形は詩集参照。)

午前9時

妊娠したコンクリートが部屋を歩いている
嘲笑する運河
ヒラメの首が切られる 液晶のにおい

午後1時

遠い昔の書物をひらく

どこもかしこも同じ景色だけが広がっていた。まだ、背の高い木も花も存在しなくて、
水辺の苔だけが生え、静かに呼吸していた。
鳥にも虫にも陸地はない。
なにも音がしない。葉擦れの音すらしない。
苔だけが青々とのびていき、土の表面を撫でながら潤していく。

 「午前9時」に出てくる「妊娠したコンクリートが部屋を歩いている」というのは刺戟的である。呼応する「嘲笑する運河」も対比(対立項)としておもしろい。ここには、いわゆる「飛躍」があり、「飛躍」があるということは、その奥に「精神の持続」があるということなのだが、この「飛躍」と「持続」が「午後1時」とどうつながるのかわからない。「不連続のリズム」と言えば、それはそれでいいのかもしれないが、私にはそういう「説明」は「後出しじゃんけん」のように思えて(頭で考えただけのことのように思えて)、どうも納得できない。
 さらに、その「午後1時」の部分。「書物」と「逃げ(言い訳)」ではじまっているが、どうにも納得できないことがある。

なにも音がしない。葉擦れの音すらしない。

 と書いているが、その前に「背の高い木も花も存在しなくて」「水辺の苔だけが生え」ていると書いている。草木がないのだから、葉もあるはずがなく、したがって「葉擦れの音」が存在するはずがない。これは「頭」の認識ではなく、もしその場に「肉体」があるなら(肉体を持った詩人がその場を体験するならば)「目」と「耳」でわかることである。もしここで「音」を登場させるならば、

苔だけが青々とのびていき、土の表面を撫でながら潤していく「音がする」

 という具合に「音」を登場させるべきだと思う。「静寂」が肉体を刺戟し、「肉体」のなかに存在しない「音」を生み出す、という瞬間まで「待つ」べきだと思う。
 もし、存在しないものをことばで存在させ、それを「五感」で定着させるという「文体」がことばを動かすならば、それは「午前9時」の「妊娠したコンクリート」とつながるだろうと思う。
 ことばが「肉体」になっていない、その場その場で「頭」が動いている、という印象がして、私は、どうにもついていけなくなる。百ページ近い詩集なのだが、私は半分で読むのに疲れてしまった。後半は読んでいない。だから、もしかすると後半に刺戟的なことば、行の展開があるのかもしれないが、どうにもわからない。




                



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