高橋睦郎『深きより』(12)(思潮社、2020年10月31日発行)
「十二 その女によつて」は「清少納言」。
輝かしい女があつた その女を中心に 後宮が
宮廷があつた 国家があつた 世界が存在した
この二行を読んだとき、私は「その女」を清少納言だと思った。「主人公」を客観的に(散文的に)語っているのだと思った。ところが、読み進むと「その女」と「定子」であることがわかる。
わたくしはその女に仕へて その女の光儀を写し記す
その女によつて存在する世界を 記しとどめる
そして、その二行を引き継いで書かれる次の一行が、この詩のポイントである。
その女の終焉は わたくしの末路は どうだつたか
つかえる女(定子)が死んでしまったとき、それにつかえていた女(清少納言)はどうなるのか。
定子を「詩(あるいは、ことば)」、清少納言を「高橋睦郎」と置き換えて読むと、高橋の書いていることがよくわかる。
その女に終はりなど 断じてあつてはならぬこと
だから その女の世界も 世界の端にあるわたくしも
永遠に現在形として 生きつづける といふこと
よくわかるが、わかりすぎて「詩」から遠くなってはいまいか。ここに書かれているのは高橋の「夢」というより「理想」である。「理想」と「夢」は、どう違うか。「理想」は「論理」によって語ることができ、「論理」によって説得力を持つ。つまり、問いによって(わたくしの末路は どうだつたか)によって必然的に成立してしまう答えを獲得する。逆に言えば、問いを発したときから答えは存在し、その答えを乗り越えられないということ。
「論理」とは、つまり「散文」でもある。そして、こういうときの「散文」は清少納言が書いた散文とは違う。
高橋が書いているように、清少納言が書いたのは「散文」ではなく「散文詩」である。「散文詩」をつらぬくのは「論理」ではなく、なまなましい感覚。「論理」を拒絶して動く、ことばそのものの「肉体」である。詩の「答え」は「結論」にあるのではなく、ことばが動いていくときの「肉体性」、その場限りの躍動、欲望のあらわれ方、その暴力性にある。
この作品では、あまりにも「論理」が前面に出ていて、欲望が欲望の暴力を失っている。
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