大西久代『ラベンダー狩り』(七月堂、2022年10月10日発行)
大西久代『ラベンダー狩り』の巻頭の詩「小路を」を私は二度読んだ。読み返してしまった。
高い塀とセンダンの木の実を映す放水路
との間に ひっそりとその小路はある
五月朝の光は露に濡れた花々や草を照らし
蝶々は真新しい羽根をうっとりひらく
「うっとりひらく」につまずいたのである。蝶が羽根を開くのを大西は「うっとり」として見ていたのであり、蝶は「うっとり」羽根を開いたりしないだろう。自己陶酔して羽を開いたりしないだろう、とつまずいたのである。
しかし、読み返してみて、大西は蝶を描写しているのではない、蝶になっているのだと気づいた。大西は蝶になってしまっているから「うっとり」と書いてしまう。
この自他の区別のなさは、こうつづいていく。
虫取り網と籠を手に小さな兄弟の
弾む声が小路を飛び交うこともある
病に伏せる母親への贈り物
生れでる生命の輝き
もう 移り変わりの早い季節が小さな背を
飛び越えようとしている
大西は「兄弟」にもなれば、「母親」にもなって、その小路を歩いていることがわかる。大西は目撃者ではなく、存在の「体験者」なのである。存在を体験する、そのとき、「世界」というものが出現する。
「レモン谷から」には、こんな行がある。
レモンは惜しげもなく
実りの重さをこの手に与え
ひみつの硬い扉を開こうとする
レモンを主語にしたこの三行は「翻訳文体」の影響かもしれないが、私は大西がレモンになっているのだと思って読んだ。レモンになった大西と、作者の大西が、真昼の光のなかで融合している。
そんなことを思って読んでいると、「燃え上がる」は、こうはじまる。
六月の空をだれも教えたりはしないが
私がのうぜんかずらになって
咲きはじめるすべを
いつからか知ったのだ
「私がのうぜんかずらになって」と「なる」という動詞が、ちゃんとつかわれている。この詩のしめくくりの四行。
燃やしたものをとり込んで
再生を予感する
のうぜんかずらとなった私の転変
針を含んだ口先さえ愛おしい
「転変」をくりかえすことで、大西は自分を発見し、自分を愛することをおぼえていく。そして世界は充実する。苦しみや悲しみのなかでさえ。
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