歌舞伎座で團菊祭をやっていながら、数町離れた新橋演舞場で、中村吉右衛門を座頭にしたこれまた充実した「五月大歌舞伎」を公演しているのであるから松竹歌舞伎も凄い。
今回は、夜の部だけしか見ていないが、石川五右衛門と「松竹梅湯島掛額」の紅屋長兵衛のとぼけた吉右衛門の舞台であるから両方ともに中々愉快な面白い公演であった。
それに、その間に、「京鹿子娘道成寺」で中村福助が、白拍子花子の華麗な舞を見せてくれたので、とにかく、華やいだ夜であった。
「石川五右衛門」は、百済王直系・琳聖太子の子孫由緒正しい大内家の末裔、天下を騒がす大盗賊でありながら天下を掌中に納めようと大望を抱く。
足利家に勅使としてやってくる呉羽中納言から勅書を奪って、中納言に成りすまして足利家を訪れて、朝廷から足利義輝に預けた太政官の御正印を奪おうと企む。
そこへ供応役の藤吉久吉(染五郎)が出て来て3千両で手を打とうと申し出る。しかし、皆が退出すると、身元を知っている藤吉は、「友市」と幼馴染の名前で呼びかける。
ぎょっとするが威厳を保ちながら藤吉の顔を見るまでの五右衛門の表情が面白い。幼馴染に戻った二人が、かたや大泥棒になった経緯を、かたや立派な重臣になった経緯を頬杖をついて語り合う姿がまた面白い。
どちらもマトモナ道を歩いて来ていないので話が弾むのだが、大盗賊と雅な公家を演じ分ける吉右衛門の芸の確かさ。
藤吉は、売りたいものがあるといって五右衛門の育ての父次左衛門(段四郎)の入った葛篭を見せたので、仕方なくそれを買って背に背負って屋敷を去る。
この葛篭が中空を移動し、花道スッポン上空から中村吉右衛門が、『中村吉右衛門宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候』と、一挙に葛篭から飛び出して葛篭を背負った形になり、花道の上を上下しながら3階の後方へ消えて行く。
最後は、南禅寺山門での「絶景かな、絶景かな」の舞台で、華麗な山門の真ん中にどっかと五右衛門が座っている。
何となく山門が小さいので感じが出ないが、何度か上っているのだが、確かに南禅寺の山門は高くて壮大な建物であり、前の立ち木が少し邪魔にはなるが京の町が良く見える。
山門下に藤吉が現れて「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と門柱に書き記し、二人が対峙しながら幕となるが、吉右衛門と染五郎の息のあった舞台であった。
最後の「松竹梅湯島掛額」だが、吉祥院の小姓吉三郎(染五郎)とお七(亀治郎)の話であるが、最後の火の見櫓の太鼓は木戸を開けさせる為に叩く話になっていて火事とは関係がない。
この大詰めの「四つ木火の見櫓の場」で、お七の亀治郎が、人形遣いに操られて人形振りのお七を演じる。
文楽の人形は極めて動きがスムーズで、ヨーロッパのマリオネットのようにぎこちなさがないので歌舞伎役者が人形振りを見せるのは中々難しい。
去年、日高川で清姫を玉三郎が人形振りで演じて観客を魅了したが、今回の亀治郎も実に器用である。
動きがぎこちなくなると人形らしくなるが文楽の人形ではなくなる、しかし、亀治郎は、顔の表情や手の動きを工夫こらして上手く演じていた。
狂言回しのような軽くてひょうきんな紅長を演じる吉右衛門は、庶民になりきって正に地を演じている感じで、お七を陰からけしかけたり、二人の睦言が佳境に入ってくると柱に足をかけて身をくねらせたり、兎に角芸が細かい。
真言密教の土砂加持で使う振りかけると硬直した身体や心が忽ち柔らかくふにゃふにゃになると言うお土砂を、所かまわず人かまわずに振りまいて、吉祥院は大騒動。
兎に角、お七と下女以外は皆お土砂をかけられて舞台にバッタバタ、役者ではない黒衣やつけ打ちや幕引きまでもなぎ倒すのであるから、最後は吉右衛門が幕を引いた。
舞台途中で、観客姿の役者が花道から駆け込み、吉右衛門とデジカメで記念写真をパッチリ。それを追っかけてきたお姉さんにもお土砂をふり掛けたが、これもふらふらと舞台に沈没。
ところが、このお姉さんの醸し出す女の色香がムンムン。よく考えてみれば、歌舞伎に綺麗なお姉さんがサービス係の制服で出て来て舞台で身をくねらせて倒れるのなどは、前代未聞。この世にないあだ花の世界を演じるのであるから歌舞伎の女形は妖艶で美しいのだと雀右衛門さんは言うのだが、本物の女性の女の色香には勝てないということであろうか。
余談だが、團十郎と波野久利子との女系図、純名りさとの海老蔵の信長、樋口可南子との三津五郎の近松心中物語の方が、何故か新鮮で面白かったような気がする。
ところで、亀治郎のお七は実に初々しくて、一途に吉三郎を思いつめる女心の表現が実に上手い。
一寸高音で頭に抜ける声音が気になったが、美形ではなく孝太郎に似た性格型の女形ながら、こんなに女らしい女を演じられる役者も少ない。
去年ののNINAGAWA十二夜で、オリヴィアの侍女マライアを演じて、オリヴィアの執事マルヴォーリオ(菊五郎)を散々コケにして笑わせる役を演じたが、あの時も、一寸おきゃんでユーモアのある演技に感銘を受けたが、素晴しい役者である。
面白かったのは、信二郎の道化もどきの長沼六郎役で、イナバウアースタイルで花道を下りたり永谷園のふりかけで舞台を笑わせたり、二枚目ながらユーモアたっぷりの愉快な舞台を見せてくれた。
ギャグあり珍芸あり、一寸吉本に似たこの「松竹梅湯島掛額」は結構面白い楽しい舞台であった。
今回は、夜の部だけしか見ていないが、石川五右衛門と「松竹梅湯島掛額」の紅屋長兵衛のとぼけた吉右衛門の舞台であるから両方ともに中々愉快な面白い公演であった。
それに、その間に、「京鹿子娘道成寺」で中村福助が、白拍子花子の華麗な舞を見せてくれたので、とにかく、華やいだ夜であった。
「石川五右衛門」は、百済王直系・琳聖太子の子孫由緒正しい大内家の末裔、天下を騒がす大盗賊でありながら天下を掌中に納めようと大望を抱く。
足利家に勅使としてやってくる呉羽中納言から勅書を奪って、中納言に成りすまして足利家を訪れて、朝廷から足利義輝に預けた太政官の御正印を奪おうと企む。
そこへ供応役の藤吉久吉(染五郎)が出て来て3千両で手を打とうと申し出る。しかし、皆が退出すると、身元を知っている藤吉は、「友市」と幼馴染の名前で呼びかける。
ぎょっとするが威厳を保ちながら藤吉の顔を見るまでの五右衛門の表情が面白い。幼馴染に戻った二人が、かたや大泥棒になった経緯を、かたや立派な重臣になった経緯を頬杖をついて語り合う姿がまた面白い。
どちらもマトモナ道を歩いて来ていないので話が弾むのだが、大盗賊と雅な公家を演じ分ける吉右衛門の芸の確かさ。
藤吉は、売りたいものがあるといって五右衛門の育ての父次左衛門(段四郎)の入った葛篭を見せたので、仕方なくそれを買って背に背負って屋敷を去る。
この葛篭が中空を移動し、花道スッポン上空から中村吉右衛門が、『中村吉右衛門宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候』と、一挙に葛篭から飛び出して葛篭を背負った形になり、花道の上を上下しながら3階の後方へ消えて行く。
最後は、南禅寺山門での「絶景かな、絶景かな」の舞台で、華麗な山門の真ん中にどっかと五右衛門が座っている。
何となく山門が小さいので感じが出ないが、何度か上っているのだが、確かに南禅寺の山門は高くて壮大な建物であり、前の立ち木が少し邪魔にはなるが京の町が良く見える。
山門下に藤吉が現れて「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」と門柱に書き記し、二人が対峙しながら幕となるが、吉右衛門と染五郎の息のあった舞台であった。
最後の「松竹梅湯島掛額」だが、吉祥院の小姓吉三郎(染五郎)とお七(亀治郎)の話であるが、最後の火の見櫓の太鼓は木戸を開けさせる為に叩く話になっていて火事とは関係がない。
この大詰めの「四つ木火の見櫓の場」で、お七の亀治郎が、人形遣いに操られて人形振りのお七を演じる。
文楽の人形は極めて動きがスムーズで、ヨーロッパのマリオネットのようにぎこちなさがないので歌舞伎役者が人形振りを見せるのは中々難しい。
去年、日高川で清姫を玉三郎が人形振りで演じて観客を魅了したが、今回の亀治郎も実に器用である。
動きがぎこちなくなると人形らしくなるが文楽の人形ではなくなる、しかし、亀治郎は、顔の表情や手の動きを工夫こらして上手く演じていた。
狂言回しのような軽くてひょうきんな紅長を演じる吉右衛門は、庶民になりきって正に地を演じている感じで、お七を陰からけしかけたり、二人の睦言が佳境に入ってくると柱に足をかけて身をくねらせたり、兎に角芸が細かい。
真言密教の土砂加持で使う振りかけると硬直した身体や心が忽ち柔らかくふにゃふにゃになると言うお土砂を、所かまわず人かまわずに振りまいて、吉祥院は大騒動。
兎に角、お七と下女以外は皆お土砂をかけられて舞台にバッタバタ、役者ではない黒衣やつけ打ちや幕引きまでもなぎ倒すのであるから、最後は吉右衛門が幕を引いた。
舞台途中で、観客姿の役者が花道から駆け込み、吉右衛門とデジカメで記念写真をパッチリ。それを追っかけてきたお姉さんにもお土砂をふり掛けたが、これもふらふらと舞台に沈没。
ところが、このお姉さんの醸し出す女の色香がムンムン。よく考えてみれば、歌舞伎に綺麗なお姉さんがサービス係の制服で出て来て舞台で身をくねらせて倒れるのなどは、前代未聞。この世にないあだ花の世界を演じるのであるから歌舞伎の女形は妖艶で美しいのだと雀右衛門さんは言うのだが、本物の女性の女の色香には勝てないということであろうか。
余談だが、團十郎と波野久利子との女系図、純名りさとの海老蔵の信長、樋口可南子との三津五郎の近松心中物語の方が、何故か新鮮で面白かったような気がする。
ところで、亀治郎のお七は実に初々しくて、一途に吉三郎を思いつめる女心の表現が実に上手い。
一寸高音で頭に抜ける声音が気になったが、美形ではなく孝太郎に似た性格型の女形ながら、こんなに女らしい女を演じられる役者も少ない。
去年ののNINAGAWA十二夜で、オリヴィアの侍女マライアを演じて、オリヴィアの執事マルヴォーリオ(菊五郎)を散々コケにして笑わせる役を演じたが、あの時も、一寸おきゃんでユーモアのある演技に感銘を受けたが、素晴しい役者である。
面白かったのは、信二郎の道化もどきの長沼六郎役で、イナバウアースタイルで花道を下りたり永谷園のふりかけで舞台を笑わせたり、二枚目ながらユーモアたっぷりの愉快な舞台を見せてくれた。
ギャグあり珍芸あり、一寸吉本に似たこの「松竹梅湯島掛額」は結構面白い楽しい舞台であった。