詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

清岡卓行論のためのメモ(4)

2006-11-30 23:03:23 | 詩集
 現代詩文庫「清岡卓行詩集」(思潮社、1986年02月01日発行)。
 「オーボエを吹く男」(『日常』)に、隠された「と」がある。

テレビの中のオーケストラの全員が
ふと 休止符のそよ風に
めいめいの羽根をゆだねて 無言のまま
シンフォニーの空を 一瞬
飛びつづける。
ドイツから楽器をぶらさげてやって来て
そんな渡り鳥のイメージをあたえる かれらの
つかの間の 静寂の深さに
ぼくの疲れた夜のからだは
目覚めたようにこころよく
のめりこむのだ。

 シンフォニー、音の連続。ここでは「休止符」そのものが「と」である。音「と」音の間にひろがった静寂。それが「と」である。休止符は音「と」音を分離し、同時に結びつける。何によってか。イメージによって。たとえば「そよ風に羽根をゆだねて飛びつづける渡り鳥」というイメージによって。あるいは、「と」がつくりだす「間」のなかを「そよ風に羽根をゆだねて飛びつづける渡り鳥」が飛ぶことによって、その「間」がくっきりめ姿をあらわし、いっそう、その「分離」を強調するというべきなのか。--分離「と」結合。それは矛盾した概念であるが、その矛盾が融合し、姿をあらわすときが、「と」が「詩」になって姿をあらわすときだ。
 そのすべてを清岡は「静寂の深さ」と呼んでいる。その「深さ」ということば。「と」がつくりだす空間は、とたえば「そよ風に羽根をゆだねて飛びつづける渡り鳥」が飛ぶかぎりにおいては広々とした空間、広い広い空、水平方向に広がったものである。しかし、それは広さを獲得した瞬間に「深さ」に変わる。垂直方向に変わる。そして、そのとき、「間」は水平、垂直方向に広がりつづけることで、逆に凝縮する。濃密になる。広がれば広がるほど、深くなれば深くなるほど、そして広いと感じ、深いと感じれば感じるほど、それは恐縮し、濃密した「一点」に結晶する。
 「と」は「詩の結晶」である。

 「詩の結晶」は、広さと深さが拡大しながら凝縮するというような「矛盾」の形でしか表現できないものがある。「矛盾」が一瞬のうちに、凝縮し、同時に爆発するビッグ・バンのようなものなのである。

ぼくの疲れた夜のからだは
目覚めたようにこころよく
のめりこむのだ。

 この3行の中の「目覚めたように」。「疲れた夜のからだ」なら「眠り込むように」こころよくのめりこむのではないのか。しかし清岡は「目覚めたように」と書く。「疲れた夜のからだ」と「目覚め」は常識的には矛盾である。そして、矛盾だからこそ、そこに「詩」が噴出する。驚きが噴出する。驚きが世界を攪拌し、押し広げる。

やる以上は 惨めな仕事でも
精魂をこめてやらずにはいられなかった
昼間の人間の悲しみから
解き放たれて。

 ふいに出現してくる「昼」の生活。
 この4行は、それまで清岡が展開してきた「詩」を否定する。静寂の深さという広がりを飛びつづけるゆったりした鳥の姿をかき消してしまう。
 そして、そのかき消された渡り鳥の向こう側から、もう一度「詩」は別の形で立ち上がってくる。

画面は すでに
オーボエを吹いて 頬をすぼめている
律儀そうな男の顔のクローズ・アップだ。
ぼくは
見知らぬ土地と薔薇の臭いを
そのゆるやかな時の流れに嗅いでいる。
そして 何となく考えている
あの 髪が薄く
目玉のすこし飛び出た男は
どんなつもりで生きているのだろうと。

 「ぼく」は「やる以上は 惨めな仕事でも/精魂をこめてやらずにはいられなかった」というつもりで「生きている」。では、オーボエを吹く男は? 「律儀そうな男の顔」の「律儀」は「やる以上は 惨めな仕事でも/精魂をこめてやらずにはいられなかった」という「ぼく」の「律儀」と重なる。
 噴出してきた「生活」、その「律儀さ」のなかで「ぼく」と「オーボエを吹く男」がかさなる。ぼく「と」オーボエを吹く男が。--ここにも「と」。そして、その「と」のなかにある「律儀」ということば。「律儀」がぼくとオーボエを吹く男を結びつける。
 そして、たぶん、清岡を他の人間と結びつけるすべての基準が「律儀」であると私は感じている。清岡と他人、だけではなく、清岡と他の存在、たとえばこの作品でいえば、清岡と音楽、それを結びつけるのも「律儀」である。
 一つずつ積み重ねるようにして埋めていくイメージ。その緻密な言語操作のなかの「律儀」。清岡の「と」の周囲には、「律儀」が広がっている。正確さ、嘘のなさ、誠実さが広がっている。「律儀」であることが「生きる」ことなのである。生活することなのである。「律儀な生(生活)」にこそ「詩」があるのである。

コメント
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