大谷良太「ブラインド」(「ガーネット」50、2006年11月01日発行)。
「特にどうということもない」。2連目の2行目。「どうということもない」ことを書いてしまうと、それは「どうということもない」ものではなくなる。こころはいったん何かを思うと、動いていってしまわないと止まらない。ただ「どうということもない」というようなぼんやりした思いのときは、こころは素早くは動かない。
そしてまた、こころは早く動かさなければならないというものでもない。
「少したって」。3連目のこの書き出しに「詩」がある、と私は思った。
すぐにではなく「少したって」。「時間」の経過。「間」。それがあってはじめて、何かが動く。「間」を「無為」(そのまま)が埋めていく。肉体が広がっていく。そして、その広がりに、「空気」がなじんでくる。
この感じがとても自然である。
作品の末尾の「夕暮れの薄闇が濃くなっていった」の「なっていった」がとても落ち着く。このとき、こころも肉体も、それを受け入れる形になっている。
「特にどうということもない」ような詩に見えるが、「少したって」という「少し」の時間の動き、時間とともに何かに「なっていった」肉体とこころが、とても丁寧に描かれている。
この「なっていった」に注意して詩を読み返すと、1連目の「なる」の繰り返しが不思議に肉体に迫ってくる。それまではしなかったことをするように「なる」。それはこの詩ではブラインドを上げ下げするということだが、そういうささいな変化でも肉体には響く。こころには響くものなのである。
だからこそ、「少したって」大谷は「下げなくても上げたままでもかまわないと思った」。ここで意識が動くのだ。そして、また何かに「なる」、なろうとする。それは意図して何かになるというよりも、何かに「なる」まで、時間に身を任せるということかもしれない。
あるものをあるがままに受け入れ、受け入れることで少しずつ変わっていく肉体とこころ--そういうものを大谷は丁寧に描いている。
その丁寧さにひかれて、思わず繰り返し繰り返し読んでしまう。
今度のアパートにはブラインドがついていた
夜になると下ろし、朝になると上げる、ということになる
紐を引っ張るのが私の日課になった
朝起きるとブラインドを上げる、
特にどうということもない、外光で部屋は明るく、
夜に帰ってくるとブラインドを下げる、
蛍光灯の光でやっぱり部屋は明るい
少したって、私は何で夜にブラインドを下げるんだろう、
下げなくてもあげたままでもかまわないと思った
それで下げないでしまった
蛍光灯も消してそのまま眠った、翌朝は
ブラインドは上がったままだったので
私は紐を引っ張る必要もなかった
//
夏になって、
日が長くなった
私が部屋に帰ってもまだ外てがしばらく明るいくらいになった
ブラインドは上げたまま、窓を開け放って
窓からの風に吹かれていた、夕暮れの薄闇が濃くなっていった
「特にどうということもない」。2連目の2行目。「どうということもない」ことを書いてしまうと、それは「どうということもない」ものではなくなる。こころはいったん何かを思うと、動いていってしまわないと止まらない。ただ「どうということもない」というようなぼんやりした思いのときは、こころは素早くは動かない。
そしてまた、こころは早く動かさなければならないというものでもない。
「少したって」。3連目のこの書き出しに「詩」がある、と私は思った。
すぐにではなく「少したって」。「時間」の経過。「間」。それがあってはじめて、何かが動く。「間」を「無為」(そのまま)が埋めていく。肉体が広がっていく。そして、その広がりに、「空気」がなじんでくる。
この感じがとても自然である。
作品の末尾の「夕暮れの薄闇が濃くなっていった」の「なっていった」がとても落ち着く。このとき、こころも肉体も、それを受け入れる形になっている。
「特にどうということもない」ような詩に見えるが、「少したって」という「少し」の時間の動き、時間とともに何かに「なっていった」肉体とこころが、とても丁寧に描かれている。
この「なっていった」に注意して詩を読み返すと、1連目の「なる」の繰り返しが不思議に肉体に迫ってくる。それまではしなかったことをするように「なる」。それはこの詩ではブラインドを上げ下げするということだが、そういうささいな変化でも肉体には響く。こころには響くものなのである。
だからこそ、「少したって」大谷は「下げなくても上げたままでもかまわないと思った」。ここで意識が動くのだ。そして、また何かに「なる」、なろうとする。それは意図して何かになるというよりも、何かに「なる」まで、時間に身を任せるということかもしれない。
あるものをあるがままに受け入れ、受け入れることで少しずつ変わっていく肉体とこころ--そういうものを大谷は丁寧に描いている。
その丁寧さにひかれて、思わず繰り返し繰り返し読んでしまう。