詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

松尾真由美「初夏の息、氷の花片のひとひらの彷徨いから」

2008-09-14 20:02:44 | 詩(雑誌・同人誌)

松尾真由美「初夏の息、氷の花片のひとひらの彷徨いから」(「ぷあぞん」別冊、2008年08月20日発行)

 松尾真由美の作品は私にはとても読みづらい。読み通すのに忍耐がいる。息が長いからである。そして、単に長いだけではなく、そこには複数の要素がこめられている。その分、どうしてもことば数が多くなる。タイトル「初夏の息、氷の花片のひとひらの彷徨いから」が象徴的だ。「初夏の息」だけでも「初夏」と「息」という二つのことばが出会っており、その二つは普通は出会わないことばである。最初から緊張感があり、そのうえにさらに「氷の花片のひとひらの彷徨いから」とつづくのだから、とても複雑である。あるいは微細であるというべきか。
 だが、逆説的だが、とても読みやすいとも言える。タイトルばかりを取り上げることになるが、「初夏の息」ということばは、普通は存在しない。だれも、それがどのようなものであるか想像はできない。「初夏」も「息」もありふれたことばだが、それが出会うということは、普通の会話ではありえない。このことばは松尾が「わざと」出会わせているのである。この「わざと」のなかに「現代詩」の「現代」の意味がある。そして、この「わざと」を松尾は「氷の花片のひとひらの彷徨いから」と補足している。「初夏の息」と「氷の花片のひとひらの彷徨いから」は同じものなのである。
 松尾はひとつのことを何度も繰り返し言い直す。言い直すことで、描きたいものの核心へと接近していく。繰り出されることばのひとつひとつが、書きたいことの中心へ向かって、少しずつ、ことばそのものを掘り下げる。そう思いながら読みさえすれば、松尾のことばはすっきりと理解できる。とても読みやすい。

 松尾の詩は、基本的にかけ離れた二つの存在の出会いである。(これは多くの詩に共通することでもある。俳句もシュールレアリスムも。)そして、そういう出会いのなかでも、松尾の詩にはひとつの特徴がある。
 50行目くらいに、次の1行。

崖の上と崖の下がまみえるところ

 「崖の上」と「崖の下」という対極の二つ。そして、それが出会う瞬間のことば「まみえる」。この「まみえる」に松尾の「思想」がある。「まみえる」ためには「距離」が必要である。「距離」がなくなった状態は「ぶつかる」(衝突)である。衝突は触覚の世界である。松尾のことばは「衝突」し、その結果、片方が破壊される(あるいは両方が破壊される)、そしてまったく別の物になるという世界を描かない。そうではなくて、「まみえる」ことで、「距離」を確認し、あるいは「距離」をつくりだし、つまり「わざと」意識化し、その「距離」のなかにことばで入っていくのである。「距離」をことばで耕すのである。
 「距離」のなかへことばで入っていくことは、さらに新しい「距離」をつくることでもある。「距離」のなかに「距離」をつくる。どこまでもどこまでも「距離」をつくりつづける。接近すればするほど「近づく」のではなく、逆に遠くなる。それは矛盾を含んだことばの運動である。
 しかし、この逆説的な運動というのは、あらゆる分野で起きている。素粒子論が突然宇宙論になる。微細に存在の構造を内部へ入っていけばいくほど、それは広大な宇宙の姿に似てくるというように。
 松尾の詩も同じである。「距離」のなかへ入っていけばいくほど新しい「距離」が誕生し、その「距離」のすべてを描き出すと「距離」の内部と、「距離」の外部がそっくりの姿になる。

 それは「真実」がそういう形をしているからなのか。それとも、私たちが「真実」というものを、そんなふうに、入れ替え可能なものとしてみつめたいからなのか。どちらであるか、よくわからないけれど、私は、そこには「真実」というよりも人間の欲望が働いているように思えて仕方かない。
 人間には「内部」と「外部」をそっくり入れ替えてしまいたい欲望があるのかもしれない。

 長い作品なので引用はしないが、行が動くたびに、行と行とのあいだから、そういう欲望が立ち上がってくるように感じる。二つのものが出会あわせ、そこに「距離」をつくりだし、その「距離」をあらたなことばで補足するふりをしながら、さらにあたらしい「距離」を生み出す。そうやって、「距離」を宇宙的に増やす。そのとき小さなものと巨大なものが入れ替わる。二つの存在の出会い、その距離をみつめたはずなのに、そこで見たものは「距離」の内部ではなく、「距離」の外部なのである。



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