詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ティムール・ベクマンベトフ監督「ウォンテッド」(★★★)

2008-09-24 11:08:43 | 映画
監督 ティムール・ベクマンベトフ 出演 ジェームズ・マカヴォイ、アンジェリーナ・ジョリー、モーガン・フリーマン、テレンス・スタンプ

 映画の手応えは細部にある。一瞬のシーンにある。この映画には少し「マトリックス」のような映像がある。弾丸がゆっくり見える。主人公が興奮し、アドレナリンが大量に分泌されると、神経が過敏になり、それが現実をゆっくり見せるのである。それがさらに進んで、弾丸の軌道を曲げたりする。こういうシーンに、いろいろ手間をかけて映画はつくられている。「マトリックス」の前例があるだけに、新しいシーンをみたという印象はない。この段階で、この映画は「A級」から落ちこぼれる。
 はっとする美しいシーンは、ティムール・ベクマンベトフが何もわからず逃走するシーンにひとつある。逃げきれなくなって立ちつくすティムール・ベクマンベトフ。アンジェリーナ・ジョリーの赤い車が突進してくる。思わず、体を丸くする少年(青年?)。車がスピンする。扉が開く。その開いた扉に丸まった体のティムール・ベクマンベトフが吸い込まれていく。この物理的な動きがとても新鮮である。
 もうひとつ。走る電車。その上にいるジェームズ・マカヴォイとアンジェリーナ・ジョリー。トンネルが近づいてくる。そのままでは2人はぶつかってしまう。アンジェリーナ・ジョリーが膝をおり、上体をそらして、そのまま電車の車体にぴったりくっつける。うつぶせになってトンネルの天井(入り口)とぶつかるのを避けるのではなく、仰向けになって避ける。その顔、その余裕を、この映画はたっぷりと見せる。
 この瞬間、あ、あんなことをやってみたい、と思う。役者の肉体が観客を夢へと誘う。これが映画の魅力のひとつである。そのために役者の肉体は美しくないといけない。顔がよくないといけない。肉体の特権(凡人を超越した魅力)を持っていないといけない。
 この映画は、そういうことをきちんと踏まえている。--と、いいたいけれど、ひとつ失敗をしている。
 ティムール・ベクマンベトフの父親が出てくる。最初のアクションで派手な動きをする。ビルの廊下を走り抜け、窓ガラスを突き破って隣(もっと遠く?)のビルへ飛び移る。(この映像もおもしろい。)しかし、殺されてしまう。その殺された男が父親だと、ティムール・ベクマンベトフは知らされ、そして、暗殺組織に誘われる。殺された父の復讐のために。
 あ、と私は思った。
 この瞬間、この映画の「嘘」が見えたのである。映画はもともと「嘘」なんだから、「嘘」が見えたというのは正しくないかもしれないが、映画の構造、手抜きが見えた。殺された「父親」がぜんぜん魅力的ではないのである。逆に、ジェームズ・マカヴォイを追いかけ、アンジェリーナ・ジョリーらの暗殺組織を破壊しようとする男が、なかなかいい男なのである。「敵」が魅力的であるというのは、どういう映画でも必須の条件であるから、これはこれでいいのだが、「父親」があまりにも魅力がなさすぎる。いい役者、人気のある役者というのは一種の輝きがある。凡人がもたない何かを持っている。そういうものに引きつけられて、普通の人は映画を見に行く。そういう要素が「父親」にはない。その瞬間、私は、「あ、あれは本当は父親ではないのだな」とわかってしまったのである。映画のストーリーの「裏」が突然見えてしまったのである。
 映画の「裏」のストーリーは、本当は「敵」こそが父親であり、彼はジェームズ・マカヴォイを暗殺組織から守るために少年の前にあらわれたのである。最後の最後に、このちょっといい男はジェームズ・マカヴォイを救い、すべての秘密を語って死んで行く。一種のどんでん返しである。はらはら、どきどき、そしてそのあとのどんでん返しで、一気にカタルシスがやってくる--はずである。映画は、それを狙っているはずである。
 ところが、私には、そのカタルシスはやってこなかった。「父親」がきっと偽物、ということに最初の段階で気づいてしまっていたからである。もし「父親」がもっと魅力のある男、名のある俳優をつかっていたら印象は違っていただろう。たとえばピアース・ブロスナンとか。一瞬のうちに死んでしまう重要人物に、きちんと魅力的なリアリティーをあたえると、細部が最後まで生きてくる。そういう大切な部分で、この映画は手抜きをしている。大失敗をしている。
 本当の父親は映画のなかに何度も何度も登場し、実際に主人公たちと対決する。そういう男は、スクリーンに登場するにしたがって印象が強くなるわけだから、ほんとうはある程度の魅力があればいい。(この映画では、そういう法則がちゃんと踏まえられていた。つまり、誰もが知っているという有名な俳優ではないが、ちょっといい男という感じの男で、長い間見ていると、なんとなくその魅力がわかってくる。)しかし、一瞬しかない役、しかもキーとなる役を演じる役者は、一瞬が勝負である。一瞬に印象を残さないと、その一瞬は「過去」となって、映画の観客のなかでフラッシュバックしない。
 豪華な俳優陣をそろえながら、この映画が「B級」にもなりえないのは、役者の質にムラがあるからである。キャスティングは重要である、と思った。



つぐない

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