詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

金澤一志「記号スクラブ」

2015-04-04 12:17:33 | 詩(雑誌・同人誌)
金澤一志「記号スクラブ」(「季刊ココア共和国」17、2015年04月01日発行)

 金澤一志「記号スクラブ」に「あなた」ということばが繰り返し出てくる。「あなた」はこの詩の「意味」のキーワードなのだが、私はそれを無視して読む。「あなた」のことよりも、そのまわりのことばの「音楽」について書きたい。

あなたは子供に対するように言う
マスタードの葉の香りがある空港の
薪がはぜる音がする待合室の
番号がふられた椅子の
肘掛けの冷たさに
思い出した場所があると
あなたは子供に対するように言うが
あなたはすべての山の名前を知っていた

 「マスタードの葉の香り」と「空港」の結びつきが楽しい。ほんとうは、そんな香りは空港にはないかもしれない。その「ない」ものがことばによってつくりだされる。生み出される。その瞬間、「空港」が「空港」ではなくなる。いままで知っていた「空港」から生まれ変わる。それは「マスタードの葉の香り」についても同じように言うことができる。
 このあとことばは「薪(がはぜる音)」「待合室」「番号」「椅子」「肘掛け(の冷たさ)」とつながっていくことで、「空港の待合室」から「北の駅の待合室」へと変化していくように感じられる。空港で「思い出した場所」が、なじみのある駅の待合室ということになるのかもしれない。
 このとき、そういう「名詞」をつないでいるものは何か。「意味」から言えば「あなた」の記憶なのだが、その「記憶」をつないでいるもの(よみがえらせるもの)は何か、ということを私は考えている。なぜ待合室の半分はげたコンクリートの床、掲示板のポスター、キオスクで売られている瓶牛乳ではなく、「薪のはぜる音」「番号のふられた椅子」「肘掛けの冷たさ」なのか。聴覚(音)、視覚(番号を読む)、触覚(冷たさ)と感覚はつぎつぎに覚醒していくのだが、その覚醒をつきうごかしているのは何のなか。
 私の「直観の意見」では、それは「音楽」である。金澤の肉体には「薪」「椅子」「肘掛け」は、木のイメージとともに、何らかの「音楽」の「和音」なのだ。「音」の「音楽」ではなく、イメージが出会うときに響く「音楽(和音)」なのだ。
 こういう詩では、その「和音」が好きかどうかが、その詩が好きかどうかの「差」になってあらわれる。ジャズが好きな人もいれば演歌が好きな人もいる。「和音」だけの問題ではないかもしれないが、「和音」は大事だ。そこにある「和音」とひびきあう「音」を自分がもっていないときは、それになじめないだろう。
 あ、脱線したかな?

 ことばは「音(韻)」とは別の「音楽(共通感覚)」のようなものをもっている。「意味」という言い方もできるかもしれないが、それは「論理的な意味」ではない。あることばとともにある「肉体」の「記憶(感覚)」のようなものかもあれない。
 --こういう「抽象的」なこと(言い方)は、しかし、言った方が「勝ち」みたいなことになるので、どうもよくないなあ。でたらめでも書いてしまうと、それが「存在」してしまう。ことばによって、「生み出されてしまう」。そして、生み出されたものと意識のあいだに「関係」ができて、それが自己主張してしまう。「関係」とは「意味」の別称であり、だんだん増幅してしまう。増幅して「論理」を「巨大化」させてしまう。そして、ひとは「巨大」に圧倒されて、それをまた「意味」と勘違いすることになる。ほんとうは実感していないのに……。
 あ、脱線がさらに激しくなったのかもしれない。読まなかったことにしてください。そんなことを言うくらいなら、私が書いた文章を消せばいいのかもしれないが、書かないことには私は自分のことばをすすめられない。消してしまうと、ことばの動き方が違ったものになってしまう。だから書きつづけるのだが、
 どうやって詩に戻ろうか。

 二連目を読むことにする。

あなたは地図のなかの果樹園 工場 発電所
あなたは返り点 アクサン ウムラウト
あなたは快晴 霙 雨
あなたは搭乗ゲート コインロッカー 出口
あなたはサービスエリア スタンド 事故車両
あなたは音符 ルビ 文字
あなたは記号あなたはシンボルあなたはトレードマーク
あなたはむかしからのあだ名で呼ばれている

 「果樹園」「工場」「発電所」。ここに「音(韻)」の「音楽」を見出そうとすると、音痴の私には「濁音」が共通するくらいのことしかわからないが、「音」を離れた「音楽」で言うと、それは「地図の記号」という視覚の「音楽」として散らばって、「和音」になっている。「地図」で、その記号を見たことがある、という「視覚」のひろがり。その快感を、私は「音楽」(和音)と感じている。「視覚の音楽」。「もの(実在)」を「音符」に変換したような、いわば「五線譜」を目で読み取る「音楽」ということこになのかなあ。
 「返り点」「アクサン」「ウムラウト」というのは、文字につけられた記号。「記号」いう「和音」にあうものが呼び寄せられている。リエイゾンのように「記号」ではないものは、そっと排除されている。
 「快晴」「霙」「雨」というのも「気象現象」ではなくて、天気図の上の「記号」なのだ。「搭乗ゲート」「コインロッカー」「出口」以下、「事故車両」さえも「存在(事件)」ではなく「視線が把握したもの」を「記号」として「記憶」したものである。「記憶」が「記号」なのである。
 「あなた」は、いわば「記号」のコレクターなのだ。
 「あなたは」ということばを行の初めで繰り返しながら、「あなた」は「記号」を集め、「記号」そのものになる。
 一連目に戻る。「空港」も「待合室」も「椅子」も「冷たさ」さえも、もう「あなた」には「記号」なのだ。「肉体」が直接かかわる「もの」ではなくて、何かを呼び起こすための(忘れないための)印なのだ。--と書くと「意味」になってしまうので、保留。

 こうした「記号」としての「音楽」の「並列」を「肉体」で、どう受け止めるか。「肉体」で、どうやって繰り返すか。視覚を総動員して反芻するのがいちばんいい方法だと思うのだが、私は目が弱くてちょっと難しい。目の記憶を記号にし、記号を目の記憶にもどし、そこでどんなふうに肉体が動くかを想像するのが、体力的に厳しい。
 最初はおもしろいと思い書きはじめたのだが、二連目まで書くと疲れてしまった。途中で投げ出すことになるが、まあ、仕方がない。いつでも、書こうと思ったときに感じたことと、書きはじめて、書きおわったことの「あいだ」には、とんでもない「ひろがり」(断絶)のようなものがあるのだが、仕方がない。好きと思って読みはじめたしだが、その「好き」のほんとうの理由を私は私のなかに見つけ出すところまでいけなかった。(私は書いている時間が40分を超えると、書いている文字が散らばってしまって、読めなくなる。)
魔術師になるために
金澤 一志
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破棄された詩のための注釈(23)

2015-04-04 01:44:49 | 
破棄された詩のための注釈(23) 

「半壊のビルは思うのだった」ということばがあった。少し前に「高く残ったビルは考えていた」と書かれていたのだが、「半壊」ということばがつかいたくて書き直されたのだった。「半壊」は「全壊」よりもなまなましい。穴のあいた二十階の床から見える、あの街の上に広がる空のように。突然開いた虚無よりも深いのだ。

「半壊のビルは思うのだった」ということばは、その後「半壊のビルは考えていた」に書き直され、少し前に戻る。「高く残ったビル」と書いたときに、その高さを破壊しにやってきたのは何もない空だった。しかし、空は破壊もしなければ、ビルに強靱な輪郭を与えるわけでもない。無関係に鳥が落ちていくために存在する。

擬人化は、ほんとうに擬人化なのか。そうではなくて、人の「擬物化」である。なぜなら、ことばは人間のものであり、物のものではないからだ。みずから「比喩」になることで、人はものに生まれ変わる。ものとして生きることで、あらゆる感情を捨てる。捨てたいのだ。名前のないセンチメンタルは。

「半壊のビルは思うのだった」ということばは、しかし、正確ではない。全壊してしまったビルが、まだ「半壊」のときに思いたいことをことばにするために書かれたものであって、そのことばが呼び出されたときには、もうビルは跡形もなかった。しかし「半壊」と声に出せば、「半壊」は瓦礫から犬のように這い出してくるかもしれない。

「半壊のビルは思うのだった」のあとに「もう壊れることはない」ということばがいったん書かれ、それから詩は破棄された。あの事件を語るには、「半壊のビル」は野蛮すぎる。夕暮れ、風が吹いてきて空が黄金色からラピスラズリーに変わるとき、割れた鏡が星を吐き出したという描写のように。









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