監督 原田眞人 出演 役所広司、本木雅弘、松坂桃李、山崎努
私は「歴史」映画が苦手だ。歴史を知らないから、描かれていることについていけない。軍人が出てくるのも苦手だ。軍服をきているから、ひとの区別がつかない。今回のように出てくるのが「日本軍」だけだと、なおのこと区別がつかない。海軍と陸軍は制服が違うから区別がつくが、登場するのはもっぱら陸軍。役所広司以外は、だれがだれだかわからない。
昭和天皇というのは、ほんとうにこの映画に描かれているような立派なひとだったのかどうか、よくわからない。天皇に関して、ひとつ感心したのは、「天皇陛下ばんざい」という戦争映画に特有の「声」がなかったこと。ここに、もしかすると原田眞人監督の深い「意図」があるかもしれない。私は原田の作品を熱心に見ているわけではないので、この点ははっきりとはわからないが、見終わって、ほおおおっと思った。途中で「陛下」だったか「天皇」だったかという「ことば」が発せられるたびに軍人たちがすっと背筋をのばす。その時の制服のこすれる音を再現しているくらいだから、きっと「天皇陛下ばんざい」という「声」だけは出すまいと意識しているのだろう。
そういうことと関係があると思うのだが、この映画は「ことば」にこだわっている。「ことば」にこだわっている部分をていねいに描いている。天皇が「動物学」と「畜産学」の違いを言ったり、「さざえ」の「比喩」を叱ったり、さらには宮内庁の職員が文書館へ「行く」と言うか「戻る」と言うかで工夫するところなど、なかなかおもしろい。こういうこだわりが、ポツダム宣言をどう訳するか、あるいは最後の天皇の終戦宣言(?)の文言を調整するところにしっかり結びついている。また、切腹した役所広司に向かって、妻がせつせつと次男が戦死したときの状況を「ことば」で再現するところにつながっていく。「どんどん行け」という父親の「ことば」を次男が引き継いでいたというところなど、なかなかおもしろい。
ただし、このおもしろさは、やっぱり「小説」(文学)のものであって、映画そのもののおもしろさとは違うなあ。小説(原作)の方がおもしろいだろうなあ、と感じさせる映画である。
何が足りないか、何が映画として問題かというと、この映画の隠れた主役(?)であるクーデターをもくろむ陸軍将校たちに「肉体の緊迫感」がなこと。これが映画を壊している。観客を(私を、と言い換えた方がいいのかもしれないが)引き込む「熱狂」がない。どうしてもクーデターを起こし、最後まで戦いたいという狂気のようなものが伝わってこない。「俺はクーデターを起こそうとする人間を演じているんだな」くらいの意識しか見え来ない。これでは、クーデター以前に失敗している。脚本を読んで(歴史を知っていて)、クーデターはどうせ失敗するとわかって演じている。おもしろくないなあ。「歴史」では失敗するのだけれど、映画なのだからもしかしたら成功するのでは、と思わせないと映画とは言えないなあ。
戦後70年。私たちはほんとうに戦争から遠いところに生きているんだなあ、と将校たちの演技をみながら思った。人を殺すことがどういうことなのか、「肉体」で思い出せる人間(役者)は日本にはいないのだ。(体験したことのある役者はもちろんいないだろうが、「体験」を聞いて「肉体」を反応させたことのある役者がいないのだ。若者がいないのだ。)
で。
脱線するのだけれど、映画から離れて、安倍のもくろむ「戦争法案」のことを思う。そんなものを成立させても、若者は戦争で人殺しを簡単にできるわけではない。人を殺すためには、人を殺す訓練をしないといけない。人を殺すというのは、まず自分の中にある「人間への共感」を殺すこと、自分の人間性を殺すことなのだから、これは難しい。戦場から帰ってきた兵士が精神破綻を引き起し、日常社会にもどれないという例をさまざまに聞くが、そういう問題をどう解決するかまで含めて「戦争法案」は考えないといけないのだが、安倍は、どうせ自分は戦場に行くわけではないと思っているからなのだろう、そんなことは考えていないね。戦争がはじまれば軍需産業がもうかり、そうなれば軍事産業から「政治献金」が入ってくる、政治献金が入ってくれば安倍(自民党)政権がつづくという「アベノミクス」効果しか頭にないね。
テーマを「ことば」にもどすと……。
人間の「肉体」は「ことば」そのものと一体になって動いている。ことばがしっかりしていないと「肉体」を正しく動かすことはできない。野党の質問に、きちんと向き合い答えられない安倍の「ことば」の先にあるものは、無意味な戦争と無意味な戦死だけである。不正直なことばしか言わない安倍に戦争に行けと言われて、そのとき誰が「安倍、ばんざい」と言って死ぬだろうか。命令されたって、誰一人、そんなことはしないだろう。そんなことも思った。
(中洲大洋1、2015年08月19日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/
私は「歴史」映画が苦手だ。歴史を知らないから、描かれていることについていけない。軍人が出てくるのも苦手だ。軍服をきているから、ひとの区別がつかない。今回のように出てくるのが「日本軍」だけだと、なおのこと区別がつかない。海軍と陸軍は制服が違うから区別がつくが、登場するのはもっぱら陸軍。役所広司以外は、だれがだれだかわからない。
昭和天皇というのは、ほんとうにこの映画に描かれているような立派なひとだったのかどうか、よくわからない。天皇に関して、ひとつ感心したのは、「天皇陛下ばんざい」という戦争映画に特有の「声」がなかったこと。ここに、もしかすると原田眞人監督の深い「意図」があるかもしれない。私は原田の作品を熱心に見ているわけではないので、この点ははっきりとはわからないが、見終わって、ほおおおっと思った。途中で「陛下」だったか「天皇」だったかという「ことば」が発せられるたびに軍人たちがすっと背筋をのばす。その時の制服のこすれる音を再現しているくらいだから、きっと「天皇陛下ばんざい」という「声」だけは出すまいと意識しているのだろう。
そういうことと関係があると思うのだが、この映画は「ことば」にこだわっている。「ことば」にこだわっている部分をていねいに描いている。天皇が「動物学」と「畜産学」の違いを言ったり、「さざえ」の「比喩」を叱ったり、さらには宮内庁の職員が文書館へ「行く」と言うか「戻る」と言うかで工夫するところなど、なかなかおもしろい。こういうこだわりが、ポツダム宣言をどう訳するか、あるいは最後の天皇の終戦宣言(?)の文言を調整するところにしっかり結びついている。また、切腹した役所広司に向かって、妻がせつせつと次男が戦死したときの状況を「ことば」で再現するところにつながっていく。「どんどん行け」という父親の「ことば」を次男が引き継いでいたというところなど、なかなかおもしろい。
ただし、このおもしろさは、やっぱり「小説」(文学)のものであって、映画そのもののおもしろさとは違うなあ。小説(原作)の方がおもしろいだろうなあ、と感じさせる映画である。
何が足りないか、何が映画として問題かというと、この映画の隠れた主役(?)であるクーデターをもくろむ陸軍将校たちに「肉体の緊迫感」がなこと。これが映画を壊している。観客を(私を、と言い換えた方がいいのかもしれないが)引き込む「熱狂」がない。どうしてもクーデターを起こし、最後まで戦いたいという狂気のようなものが伝わってこない。「俺はクーデターを起こそうとする人間を演じているんだな」くらいの意識しか見え来ない。これでは、クーデター以前に失敗している。脚本を読んで(歴史を知っていて)、クーデターはどうせ失敗するとわかって演じている。おもしろくないなあ。「歴史」では失敗するのだけれど、映画なのだからもしかしたら成功するのでは、と思わせないと映画とは言えないなあ。
戦後70年。私たちはほんとうに戦争から遠いところに生きているんだなあ、と将校たちの演技をみながら思った。人を殺すことがどういうことなのか、「肉体」で思い出せる人間(役者)は日本にはいないのだ。(体験したことのある役者はもちろんいないだろうが、「体験」を聞いて「肉体」を反応させたことのある役者がいないのだ。若者がいないのだ。)
で。
脱線するのだけれど、映画から離れて、安倍のもくろむ「戦争法案」のことを思う。そんなものを成立させても、若者は戦争で人殺しを簡単にできるわけではない。人を殺すためには、人を殺す訓練をしないといけない。人を殺すというのは、まず自分の中にある「人間への共感」を殺すこと、自分の人間性を殺すことなのだから、これは難しい。戦場から帰ってきた兵士が精神破綻を引き起し、日常社会にもどれないという例をさまざまに聞くが、そういう問題をどう解決するかまで含めて「戦争法案」は考えないといけないのだが、安倍は、どうせ自分は戦場に行くわけではないと思っているからなのだろう、そんなことは考えていないね。戦争がはじまれば軍需産業がもうかり、そうなれば軍事産業から「政治献金」が入ってくる、政治献金が入ってくれば安倍(自民党)政権がつづくという「アベノミクス」効果しか頭にないね。
テーマを「ことば」にもどすと……。
人間の「肉体」は「ことば」そのものと一体になって動いている。ことばがしっかりしていないと「肉体」を正しく動かすことはできない。野党の質問に、きちんと向き合い答えられない安倍の「ことば」の先にあるものは、無意味な戦争と無意味な戦死だけである。不正直なことばしか言わない安倍に戦争に行けと言われて、そのとき誰が「安倍、ばんざい」と言って死ぬだろうか。命令されたって、誰一人、そんなことはしないだろう。そんなことも思った。
(中洲大洋1、2015年08月19日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/
日本のいちばん長い日 [東宝DVD名作セレクション] | |
クリエーター情報なし | |
東宝 |