大倉元『噛む男』(澪標、2017年11月25日発行)
大倉元『噛む男』には大和郡山市の市長の「帯」がついている。私は「帯」に書かれていることなど気にしないが、「大和郡山市長 上田清」の文字にげんなりした。読む気力が消えそうになる。上田清がどういう人物か知らないが、文学は「行政」とは縁のないもの、「政治」を裏切るものだろう。徹底的に「個人」のものだろう。
いやあな感じを抱きながら読み進む。「吉田昌郎氏のこと」という作品がある。
私は、こういう「ひとごと」のような文体が好きではない。大倉がどこにいて、どんなふうに東日本大震災を体験したのか、これではさっぱりわからない。
二連目。
うーん。「吉田昌郎は自然のおそろしさに茫然とした」の主語は「吉田」、動詞(述語)は「茫然とした」。これは、どうやってつかみとった「事実」なのか。吉田が自分自身でそうことばにするのならわかるが、第三者である大倉がどうして「吉田は茫然とした」と書くことができるのか。直接、吉田から聞いたのか。そうではないと思う。
私は、こんなふうな書き方、自分を「事実」の外に置いておいて、「客観」を装ったことばというものを信じない。メディアが伝えることを、メディアをとおして知ったことを、自分が「知っている」こととして書くことばを信じない。それは大倉が「知っていること」ではなく、また「聞いたこと(読んだこと)」でもなく、メディアが「伝えたこと(語ったこと)」にすぎない。
しかし、これが途中で変わる。
と、突然、東日本大震災からはなれ、大倉自身の「覚えていること」、そこから「考えられること」をことばにし始める。
なんでもないことだが、ここには大倉にしか書けないことがことばになっている。かつて大倉が信頼を寄せたY氏に吉田昌郎を重ね、彼を信頼し始めている。原発事故はどうなるのかわからない。不安だ。しかし、その不安のなかで大倉は「信頼」というものをつかみかけている。
それが、正直に出ている。
「頼んだぞ」と言えるうれしさ。
大倉は、吉田昌郎について何かを知っているとは言えない。彼の能力については何も知らない。彼が原発事故に対してとる処置が正しいかどうかを判断することもできない。けれど彼とつながるY氏を知っている。その「ひとがら」を覚えている。それを「いま」「ここ」に呼び出しながら、「頼んだぞ」と叫ぶ。
吉田に向かって叫んでいるのだが、同時にY氏に向かって叫んでいる。吉田に向かって叫ぶときは、大倉であって大倉ではない。Y氏になって叫んでいる。この重なりあいが、なんとも言えず、強い。その「重なり」のなかに、私自身も重ね合わせたい気持ちになる。
*
「詩はどこにあるか」11月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか11月号注文
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オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
目次
カニエ・ナハ『IC』2 たなかあきみつ『アンフォルム群』11
林和清『去年マリエンバートで』15 夏目美知子「雨についての思索を一篇」18
北川透「「佃渡しで」を読む」21 野木京子「小石の指」31
疋田龍乃介「ひと息に赤い町を吸い込んで」34 藤本哲明『ディオニソスの居場所』37
マーサ・ナカムラ『狸の匣』40 星野元一『ふろしき讃歌』46
暁方ミセイ『魔法の丘』53 狩野永徳「檜図屏風」と長谷川等伯「松林図屏風」58
暁方ミセイ『魔法の丘』(2)63 新井豊吉『掴みそこねた魂』69
松本秀文『「猫」と云うトンネル』74 松本秀文『「猫」と云うトンネル』78
山下晴代『Pale Fire(青白い炎)』83 吉田正代『る』87
福間明子『雨はランダムに降る』91 清川あさみ+最果タヒ『千年後の百人一首』95
川上明日夫『白骨草』107
*
詩集『誤読』を発売しています。
1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
オンデマンド形式なので、注文からお手もとに届くまでに約1週間かかります。
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大倉元『噛む男』には大和郡山市の市長の「帯」がついている。私は「帯」に書かれていることなど気にしないが、「大和郡山市長 上田清」の文字にげんなりした。読む気力が消えそうになる。上田清がどういう人物か知らないが、文学は「行政」とは縁のないもの、「政治」を裏切るものだろう。徹底的に「個人」のものだろう。
いやあな感じを抱きながら読み進む。「吉田昌郎氏のこと」という作品がある。
二〇一一年三月一一日一四時四六分
東日本大震災は日本中を恐怖のどん底に突き落とした
地震 津波それによる東京電力福島第一原子力発電所は
壊滅状態となった
日本中を汚染するのではないかと
恐れられた放射能漏れ
世界の目が 日本に 東日本に釘付けとなった
私は、こういう「ひとごと」のような文体が好きではない。大倉がどこにいて、どんなふうに東日本大震災を体験したのか、これではさっぱりわからない。
二連目。
東京電力福島第一原子力発電所
吉田昌郎は自然のおそろしさに茫然とした
発電所内を走り回った
だが見て回る場所は限られた
命がけの作業が待っているのを覚悟した
よし俺に命を預けてくれる部下と闘おう
うーん。「吉田昌郎は自然のおそろしさに茫然とした」の主語は「吉田」、動詞(述語)は「茫然とした」。これは、どうやってつかみとった「事実」なのか。吉田が自分自身でそうことばにするのならわかるが、第三者である大倉がどうして「吉田は茫然とした」と書くことができるのか。直接、吉田から聞いたのか。そうではないと思う。
私は、こんなふうな書き方、自分を「事実」の外に置いておいて、「客観」を装ったことばというものを信じない。メディアが伝えることを、メディアをとおして知ったことを、自分が「知っている」こととして書くことばを信じない。それは大倉が「知っていること」ではなく、また「聞いたこと(読んだこと)」でもなく、メディアが「伝えたこと(語ったこと)」にすぎない。
しかし、これが途中で変わる。
あっ
あの眼鏡の優しい吉田昌所長は
昔いっしょに仕事をした
Y氏の息子まさお君ではなかろうか
と、突然、東日本大震災からはなれ、大倉自身の「覚えていること」、そこから「考えられること」をことばにし始める。
Y氏と全国を営業で回った
Y氏は小柄ながら正義感の強い男だった
商売のイロハを叩き込まれた
十人足らずの仲間
家族ぐるみの付き合い
風通しのよい会社
Y氏の夫人が経理を担当していた
Y氏のひとり息子が学生服でよく遊びに来ていた
名前はまさお君といって
大阪のO大学付属高校に通っていた
上背のある好青年だった
残念ながら会社は三年で解散した
そういえば
まさお君は東京工業大学を出て
東京電力に入社したと聞いていた
テレビの取材に応じている吉田昌郎所長は
頑固さもあったY氏の息子
まさお君に違いない
なんでもないことだが、ここには大倉にしか書けないことがことばになっている。かつて大倉が信頼を寄せたY氏に吉田昌郎を重ね、彼を信頼し始めている。原発事故はどうなるのかわからない。不安だ。しかし、その不安のなかで大倉は「信頼」というものをつかみかけている。
それが、正直に出ている。
Y氏はもうこの世の人ではないが
生きていればどんな心地だろう
放射能漏れを食い止めよう
その一念で頑張っている
四十年ぶりに見るまさお君
東京電力福島第一原子力発電所
吉田昌郎所長
頼んだぞ
テレビの前で叫んだ
「頼んだぞ」と言えるうれしさ。
大倉は、吉田昌郎について何かを知っているとは言えない。彼の能力については何も知らない。彼が原発事故に対してとる処置が正しいかどうかを判断することもできない。けれど彼とつながるY氏を知っている。その「ひとがら」を覚えている。それを「いま」「ここ」に呼び出しながら、「頼んだぞ」と叫ぶ。
吉田に向かって叫んでいるのだが、同時にY氏に向かって叫んでいる。吉田に向かって叫ぶときは、大倉であって大倉ではない。Y氏になって叫んでいる。この重なりあいが、なんとも言えず、強い。その「重なり」のなかに、私自身も重ね合わせたい気持ちになる。
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クリエーター情報なし | |
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「詩はどこにあるか」11月の詩の批評を一冊にまとめました。
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オンデマンド形式です。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
目次
カニエ・ナハ『IC』2 たなかあきみつ『アンフォルム群』11
林和清『去年マリエンバートで』15 夏目美知子「雨についての思索を一篇」18
北川透「「佃渡しで」を読む」21 野木京子「小石の指」31
疋田龍乃介「ひと息に赤い町を吸い込んで」34 藤本哲明『ディオニソスの居場所』37
マーサ・ナカムラ『狸の匣』40 星野元一『ふろしき讃歌』46
暁方ミセイ『魔法の丘』53 狩野永徳「檜図屏風」と長谷川等伯「松林図屏風」58
暁方ミセイ『魔法の丘』(2)63 新井豊吉『掴みそこねた魂』69
松本秀文『「猫」と云うトンネル』74 松本秀文『「猫」と云うトンネル』78
山下晴代『Pale Fire(青白い炎)』83 吉田正代『る』87
福間明子『雨はランダムに降る』91 清川あさみ+最果タヒ『千年後の百人一首』95
川上明日夫『白骨草』107
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詩集『誤読』を発売しています。
1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
オンデマンド形式なので、注文からお手もとに届くまでに約1週間かかります。
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