詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

徳弘康代『音をあたためる』

2017-12-28 08:19:46 | 詩集
徳弘康代『音をあたためる』(思潮社、2017年8月28日発行)

 徳弘康代『音をあたためる』にはいろいろな詩がある。「おとしましたよ」は代表作ではないかもしれない。「現代詩」の「味」はしない。でも、好きだなあ。

ドアごしに
さしだされる
かたいっぽうのてぶくろ
降りた人が
乗った人に

おとしましたよ と

さしだされた
てぶくろは
持ち主にもどって

右てぶくろと
左てぶくろは
用済みになるまで
いっしょに
いられる

 この「いっしょに/いられる」が、いい。
 これは、誰のことばだろうか。右てぶくろか、左てぶくろか。どちらかの手袋がそう思ったのか。あるいは、落とした人(拾ってもらった人)、拾った人が思っているのか。それとも、この現場を見た人が思っているか。
 徳弘は、誰なのだろう。拾ってもらった人なのか、拾った人なのか、それともその現場を見た人なのか。
 そして、読むとき、私はどちらにいるのだろうか。
 落とした人ではない、拾った人でもない。かといって、それを目撃した人でもない。だけれども、ことばを読んでいるとき、私はそのなかの誰かである。「肉体」でその人のだれかになっている。
 「おとしましたよ」は言ったのか、聞いたのか。
 これもよくわからない。
 まあ、これは区別をしなくてもいいのだろう。
 区別をしなくなったとき、「いっしょに/いられる」が聞こえるのだろう。
 誰が言ったのでもない「誰かの声」が聞こえる。「声」は、どこから生まれているのかわからないが、たしかに、その「声」はある。
 ここが、あたりまえのようで、あたりまえではない何かである。

朝の地下鉄で
車掌さんは
手渡されるまでの
ほんの二秒
ドアを閉めるのを
おくらせる

 誰のものでもない「声」なので、それは車掌にも「聞こえる」。
 と書いて、私はきのう読んだ以倉紘平の「馬」を思い出す。「澄んだ」を思い出す。きのうはちょっと書くのをためらったのだが、その「澄んだ」は「色即是空」の「空」ではないだろうか。「現実(形あるもの)」は「空しい」ではなく、「現実(世界)」は「澄んでいる」、「澄んでいる」ことによってつながっている。
 徳弘が「いっしょに/いられる」という「声」を聞くとき、その「聞いたこと」が世界に共有されていく。「聞いたこと」を妨げるものが何もない。それくらいに「世界」が「澄む」。そういう瞬間がある。

 この感じを、いまはやりの「現代詩」の文体で構成しなおすと、たとえば

りんごが壊れるときの
ふしぎな空気を
みみなりといってもいいですが
ひとがとても好むのを
おぼえておいていただけますか                (りんごの崩壊)

 ということになる。
 ここに「みみなり」ということばがあるが、この詩に限らず、「耳」というか「声」というか、「対話」を含んだ詩が、どれも楽しい。

音をあたためる
クリエーター情報なし
思潮社


*


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目次
カニエ・ナハ『IC』2   たなかあきみつ『アンフォルム群』11
林和清『去年マリエンバートで』15   夏目美知子「雨についての思索を一篇」18
北川透「「佃渡しで」を読む」21   野木京子「小石の指」31
疋田龍乃介「ひと息に赤い町を吸い込んで」34   藤本哲明『ディオニソスの居場所』37
マーサ・ナカムラ『狸の匣』40   星野元一『ふろしき讃歌』46
暁方ミセイ『魔法の丘』53   狩野永徳「檜図屏風」と長谷川等伯「松林図屏風」58
暁方ミセイ『魔法の丘』(2)63   新井豊吉『掴みそこねた魂』69
松本秀文『「猫」と云うトンネル』74   松本秀文『「猫」と云うトンネル』78
山下晴代『Pale Fire(青白い炎)』83   吉田正代『る』87
福間明子『雨はランダムに降る』91   清川あさみ+最果タヒ『千年後の百人一首』95
川上明日夫『白骨草』107



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