詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

暁方ミセイ「早春譜」、最果タヒ「通行人の森」

2019-01-09 09:54:33 | 詩(雑誌・同人誌)
暁方ミセイ「早春譜」、最果タヒ「通行人の森」(「現代詩手帖」2019年01月号)

 暁方ミセイ「早春譜」のことばは「音」が聞こえる。その音は宮沢賢治の音に似ている。何度も何度も同じことを書いて、ちょっと申し訳ない気がするが。でも、この宮沢賢治の音が聞こえるというのは、悪いことではない。誰だって、誰かの音を聞いて、そこからことばを覚える。もちろん最初から「自分の音」を響かせる詩人もいるかもしれないが、めったにいないと思う。
 音ではないが、色についてなら、セザンヌはたしか、こういうことを言っている。塗り残しの部分について聞かれたときだ。「ルーブルで色が見つかったら、それを塗る」。ひとはたぶん、すでに存在するものしか理解できない。
 で、暁方ミセイ「早春譜」。

ここは本当は無色の見えもしない聞こえもしない世界で
そのなかにぽっつり目を閉じ耳を塞ぎ
立っているだけで
(瞼の裏を見て自分の血液の音を聞いて)
誰ひとり見知らぬところなのだけど
みんな限られたわたしの範囲を
泳ぎまわって
結局最後は春の証拠を探す

 「見えもしない」「聞こえもしない」を「目を閉じ」「耳を塞ぎ」と言いなおす。それで終わらずに、「瞼の裏を見て」「自分の血液の音を聞いて」と世界を内側から逆転する。このダイナミックな運動の後、

みんな限られたわたしの範囲を

 この一行の「限られた」という音の強さ。ここに私は宮沢賢治を聞く。相対立するもの、矛盾したものが矛盾したまま、ごつごつと流動していくイメージも宮沢賢治だが、それが「限られた」というような非常に強い音になって、遠いところ(深いところ?)から響いてきて、世界を統一する。
 ここがいいなあ。
 このあと、強い響きから、音がさらに飛躍していく。連が変わって、書き出しが二字下げになっている。(引用は、頭を下げずに引用する。)

春にして
凍て椿とぼた雪は靴底で混ざり
誰かの古いこころ
この空気のなかにとざされているんだな
細かく反射して光るのに
溶けないんだな
こればかりは
夢がきみどりいろの浅瀬で
潜ってしまうからしかたないんだな

 「凍て椿とぼた雪は靴底で混ざり」が特徴的だが、「濁音」が美しい。豊かだ。濁音は汚い、清音が美しいと言う人が多いけれど、私は濁音はつややかで豊かだと感じる。豊かさに美を感じる。声帯の振動が肉体全体に広がり、共鳴する楽しさがある。清音にはこの声帯と肉体の喜びがない。
 「細かく反射して光るのに」の行には濁音がない。それで、この行が浮いて感じられる。力強さがない。それが残念だ。
 「こればかりは」という、どうでもいいようなというと変だけれど、イメージをともなわない行にも濁音があって、とても強い感じがする。「夢がきみどりいろの浅瀬で」というのは、私には絶対に思いつかない音楽だけれど(もしかしたら「汚い」音だけれど)、ぐいっと引きつけられる。「聞こえる」感じがとても強い。
 で、ここまで来ると宮沢賢治を忘れてしまう。宮沢賢治って、こういう音楽だっけ? 違うなあ。どうして宮沢賢治を思い出すのだろう、という具合に印象が変わってしまう。あ、私個人の印象のことであって、他の読者はどう感じるかわからないが。
 三連目、

そうだ
シャツの間からさわやかな針葉樹林の香りがする
熱され燃え落ちる雪の針の香りがする

 「針葉樹林」か、いい音だなあ。音楽だな、と私はうっとりしてしまう。「針葉樹林」や「雪の針」は宮沢賢治のイメージかもしれないが、音楽は完全に暁方のものになっている。



 最果タヒ「通行人の森」。

なんどだって死んでいるのに気づかないで、破裂していく感情が
また、ぼくを引き裂いて、この街にきれいな木漏れ日をひろげる、
優しく抱きしめると汗があふれて、それでも離れられなくて熱中
症になる二人、だからお別れしたくなる、そのとき、すずしい風
が二人の肌の隙間にながれて、かれらは泣きそうになった、あん
なにも、これだけは確かなものと信じようと語り合ったのに、今
では手放そうとしています、

 最果のことばにも濁音はある。けれど暁方の詩とは逆に、私は清音ばかり聞き取ってしまう。特に、「きれいな」「泣きそうになった」が耳に深く響いてきた。泣くことのきれいさを知っている詩人なのだろう。「引き裂いて」「離れられなくて」の呼応も清音で構成され、「隙間」を透明な感じで誘い出す。
 うーん、きれいだ。







*

「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
なお、私あてに直接お申し込みいただければ、送料は私が負担します。ご連絡ください。



「詩はどこにあるか」10・11月の詩の批評を一冊にまとめました。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074787


オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(4)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

魔法の丘
クリエーター情報なし
思潮社
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池澤夏樹のカヴァフィス(21)

2019-01-09 09:38:49 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
21 足音

黒檀で造られ、珊瑚の鷹で
飾られた寝台で、ネロはぐっすりと
眠っている--何も知らず、静かに、幸福に。
その強健な肉体は若さの極み、
勢力に満ちあふれている。

 この一連目のことばの勢いと二連目のことば弱さの対比がおもしろい。

なぜなら彼らの耳におそろしい物音が、
階段を登ってくるすさまじい音が、
階段をふるわす鉄の足音が聞こえてくるから。
そのためあわれな神々は気も遠くなりかけ、
祭壇の奥へと必死で身を隠し、
たがいに押しあいへしあいしている。

 「なぜなら」「そのため」という「論理」のことばが全体を支配している。「神々」ということばが出てくるが、ここに描かれているのは神が命じた運命ではなく、人間が「納得」しようとした「倫理」が描かれている。「倫理」はことばの運動によってつくりだされる「社会の行動様式」のことである。
 詩の最終行、

あれは復讐神たちの足音だ。

 「復讐神」について池澤は、

エリニュエス。肉親を殺した罪(略)を追及する、ギリシャ神話の中で最も正義派の、執拗な、恐しい女神たち。(略)彼女たちがネロのもとへ来たのはネロが母アグリッピナを殺したからである。

 と書いている。神話は神がいるから生まれたのではなく、人間がつくりだしたひとつの「行動規範」、つまり「倫理」だろう。「肉親を殺した罪を追及する」というのは、人間の意識だろうなあ、と思う。
 詩の力点は後半にあるのだと思うが、私がいいなあと感じるのは、ネロを描写した前半だ。人間をもてあそぶ神の欲望がむき出しになっている。「倫理」がない。



カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする