詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

北畑光男『合歓の花』

2019-01-29 10:11:51 | 詩集
北畑光男『合歓の花』(思潮社、2018年11月20日発行)

 北畑光男『合歓の花』の「岩魚」が印象に残った。

俺は死んでいきます
食べなければならなかった
カゲロウの幼虫
川面を飛ぶ蝶

もう俺の食べる分だけは
死ななくていいから
五月になっても雪のある
山奥の渓流では

釣針にひっかかったもう一匹の岩魚が
尾で夕陽をはじき
仲間に知らせています
あっちにいけ
あっちにいけ

 読みながら、この岩魚は北畑だろうか、と思ったのだ。岩魚を釣りにいって、岩魚がかかった瞬間、釣り人は釣り人ではなく、岩魚になる。

あっちにいけ
あっちにいけ

 一回だけではなく、繰り返す。そこに、どうしても伝えたいという必死さがある。
 そして、この「あっちにいけ」は、きちんと説明できるわけではないのだが、なんとなく北畑が、詩を読んでいる人に向かって言っているような感じがしたのだ。
 「すずむし」にも同じようなことばがある。

ねえさん
おともなくきえていったあの
しろいほうしゃじょうのてんはなに

おまえはくるな
くさつゆのなかでいきるおまえはくるな
なげられたひかるこえ
りつりつ

 「あっちにいけ」と「くるな」は同じことを言っていると思う。
 こんなふうに死ぬな、といっている。
 こんなふう、とは、どんなふう?
 「いとざくら」が教えてくれるかもしれない。

幼くして故郷を離れたおれの
初めて聞いた花の名前
いとざくら
方言で辛夷のこと

 この方言は一揆を起こした人のあいだで語り継がれてきた、と読むことができる。最終連にこうある。

「困る」の字の代りに
小さい丸を筵旗に掲げる
山瀬の吹きおろす北上山地である
凍てついた狭い道の雪も消えた
傾斜地に残った
一本のいとざくらが咲いて

 一揆を起こした人(首謀者)は、そのためにたいへんな目にあっただろう。でも、そうするしかなかった。そうするしかなかったが、人にはそうしろとはいわなかっただろう。「あっちへいけ」「こっちへくるな」と、一人で苦しみを背負っただろう。
 そういうことを感じさせる。

 いま、天皇が強制退位させられ、戦争へまっしぐらに体制をととのえる憲法の改正がもくろまれている。北畑は戦争を実際に体験した人ではないようだが、体験を直接聞いた世代かもしれない。その語り聞いた「あっちへいけ、こっちへくるな」(逃げろ)という「声」を私はなんとなく感じる。
 「いとざくら」は「いちばんはやいさくら」という意味だろうか。いちばん敏感なものの「悲鳴」と読んでしまう。









*

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池澤夏樹のカヴァフィス(41)

2019-01-29 09:58:36 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
41 わたしは行った

自分を縛りはしなかった。のぞむままにわたしは行った。
なかばは現実であり、なかばはわたしの
欲望の中に渦巻くものである喜びを求めて、
明るい夜、わたしはでかけて行った。

 「なかばは現実であり」「なかばはわたしの/欲望の中に渦巻くもの」という対比がおもしろい。「欲望の中にうずまくもの」はまだ「現実」になっていないということか。しかし、「欲望」は現実そのものだろう。あるいは、まだ現実になっていない「喜び」の方が、より現実的というべきか。カヴァフィスは、そのまだ現実にはなっていないものに従っているのだから。
 ただ、この

欲望の中に渦巻くものである喜びを求めて、

 という一行は、とても硬い。「ものである」というのは、昔の「学校翻訳」、あるいは大江健三郎の長い長い文体に出てくることばのようで、私はいやだなあと感じる。「関係代名詞」を、いまは、もうこんなふうに訳さないのではないかと思うのだが。
 池澤の几帳面な部分があらわれている、と見るべきなのかもしれないけれど。

用心ぶかい一面をもっていた詩人がなぜこの種の作を公表することにしたのか、興味を惹くところである。

 この池澤の註釈も、几帳面ということに尽きると思う。「40 非売品」もまた同じように同性愛を描いている。「欲望の中に渦巻くものである喜び」と書けば「夜の生活」(池澤の注にあることば)になるのではないだろう。「比喩」の方が、もっとあからさまであると感じるのは私だけだろうか。 



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