詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

絹川早苗『ボタニカルな日々』

2019-01-23 15:13:14 | 詩集
絹川早苗『ボタニカルな日々』(A Factory 、2019年03月06日発行)

 絹川早苗『ボタニカルな日々』は立ち止まって読む詩集だ。「木とともに」が印象に残る。

木は 人と同じように群れをつくる
仲間どうし 助けあって育ち
林や森になっていく
それが幸せな生き方のようだ

 いきなり「人生訓」のように始まるので、ちょっと読むのがつらい気持ちにもなるのだが、私は木が好きなのでつづきを読む。
 こう展開する。

大津波で奇跡的に残った
岩手の 一本松は
どんなに寂しかったことだろう

 「寂しさ」を思い、そこに共鳴している。ジャーナリズムに登場してくる「一本松」とは少し違う。そこが、なんとなく、いい感じだ。「人生訓」から少し引いている。押しつけがましさがない。
 ここに絹川の人柄が出ているのかもしれない。人柄というのは、私の考えでは「思想」のことである。そして、「思想」というのはあくまでその人の「肉体」とともにある。言い換えると身近なものと一緒になって動くことばだ。それを証明するように、絹川のことばは「一本松」から離れ、「寂しさ」を身近なものを通して語り始める。本当に知っていることを語り始める。

人の手で植えられた庭木たちは
それほど幸せではないのかもしれない

木にはそれぞれ理想とする姿があり
広葉樹は 幹を空に向かって真っすぐのばし
枝を斜めに 突き出す腕のように力強く広げること

この庭のシンボルツリーのカエデは
太陽に向かって真っすぐに立つことができない
幹は少し腰を曲げ 枝も 歩くときの傘のように
かしげた形に広げている

それは 北斜面で
入り口近くの地面も少し傾いているので
根を均等に広げることができず
片方を太くして踏ん張るしかなかったからだ

 「根を均等に広げることができず」は実際に肉眼で確かめたことではなく、想像力を働かせてつかんだ「推定」なのだが、その前の「太陽に向かって真っすぐに立つことができない/幹は少し腰を曲げ 枝も 歩くときの傘のように/かしげた形に広げている」が肉眼でつかみとっていることなので、まるで肉眼で確かめたかのような強さで迫ってくる。「肉体」に支えられた正直な想像力だ。想像力とは事実をゆがめてとらえる力だと言ったのはバシュラールだったと思うが、こんなふうに正直な印象の想像力もある。これもまた人柄というものだろう。
 「片方を太くして踏ん張るしかなかったからだ」には、きっと絹川の、自分の肉体をゆがめながら踏ん張った体験が隠れている。肉体をゆがめるのではなく、精神をゆがめてかもしれないが、精神などという目に見えないものではなく、やはり肉体そのものだと私は感じる。
 こういうことばの動きが、私は好きだ。

 木に思いを寄せ、木のことを書いているのだが、それがおのずと書いている詩人の肉体、生き方となって整ってくる。
 ここには絹川自身がみつけだした「思想」がある。
 それは流行の海外の哲学者の「思想」のように、華々しい印象を与えないかもしれないが、確実な「思想」である。





*

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池澤夏樹のカヴァフィス(35)

2019-01-23 10:03:19 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
35 アレクサンドリアの王たち

クレオパトラの子供らを見せるために
アレクサンドリアの民が集められた。

 彼らは、それぞれどこそこの王と宣言される。それが三連目で転調する。

アレクサンドリアの民は無論知っている、
そんな宣言がただの言葉、三文芝居に過ぎぬことを。
しかしそれは暖かい詩的な日のことで、
空の色も淡い青だった。

 しかもこの転調は、二回ある。
 華やかな宣言が「ただの言葉、三文芝居」と否定され、そのあと人事とは無関係の天候、空の青が描かれる。
 ここがとても美しい。
 「ただの言葉、三文芝居」は「意味」だが、「暖かい日」「空の青」には意味がない。自然(天候)は人事とは無関係に、絶対的に、そこに存在している。
 漢詩のなかに出てくる自然のようだ。

 最後の四行は、クレオパトラの子供ではなく、アレクサンドリアの市民の様子を描いている。この四行は、先に引用した四行があるからこそ、「人事」のむなしさのようなものを浮かび上がらせる。市民は、都市にとっての「自然」になるのかもしれない。

口々に、夢中になって、歓呼の声をあげ
見事な見世物に陶酔しきった--
内心ではこれらすべての無意味を知りぬき、
王位がからっぽの言葉にほかならぬことを承知しながら。

 池澤は、

カヴァフィスは歴史の皮肉を民衆の心の二重性の中に見ている。

 と書いている。





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