詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

野崎有以「Atlantic Crossing 」

2019-01-07 19:05:46 | 詩(雑誌・同人誌)
野崎有以「Atlantic Crossing 」(「現代詩手帖」2019年01月号)

 最近、私が耳が悪くなったのかもしれない。一回読んだだけでは、音がまったく聞き取れない。そういうことばが増えてきた。
 野崎有以「Atlantic Crossing 」。

旧国鉄Y手線U谷駅前S濃路 眠らない食堂で夜を懸命に越した日
「スタインウェイのピアノ…」そう言って泣いている傷だらけの女の子がいた
スタインウェイが何のことかわからなかったがどうやらピアノのメーカーらしかった

 と始まり、「女の子」の身の上話がつづく。最初は「スタインウェイのピアノ」という音だけが聞き取れた。そのあと「スタインウェイが何のことかわからなかったがどうやらピアノのメーカーらしかった」が聞き取れた。これは、私が「スタインウェイのピアノ」ということばのつながり、「ピアノならスタインウェイがいい」というようなことばを聞いたことがあるからだ。私は、どうも、聞いたことがあることばしか聞き取れないようなのだ。ひとりの声ではなく、何人かの声を通して聞いたもの、つまり何人ものひとが言ったことばなら聞き取れるが、そうではないものは聞き取れない。聞き取って、その音を自分でも言えるようになるには時間がかかる。
 この書き出しでは、「旧国鉄Y手線U谷駅前S濃路」がまず聞き取れない。これは単なる記号で音がないと判断するしかない。がまんするしかない。「眠らない食堂で夜を懸命に越した日」は外国語に聞こえる。聞きかじったことがある外国語みたいで、繰り返していると、なんとなく「音」になってくる。そのあと、状況が少しだけわかりかけるが、「音」と一致しない。「そう言って泣いている傷だらけの女の子がいた」は五回目くらいで「女の子」という音がわかり、「泣いている」が聞こえてきた。でも「傷だらけの」が邪魔して、全体がつかみきれない。
 どうしてなんだろう。
 しばらく考えた。そして、詩と思って読むから音が聞こえないのだ、とわかった。言い換えると、私が詩だと思っている音の動きとはまったく別の動きをしているのだ、野崎のことばは。「旧国鉄Y手線U谷駅前S濃路」を私は「記号」と呼んだが、すべてが「記号」なのだ。つまり、あらかじめ何らかの「意味」をもっていて、それを別な形であらわしている。音がことばになって、ことばが意味を生み出していくというよりも、まず「意味」がある。それを「記号(ことば)」に置き換えている。だから、野崎の詩を読むときは、音を聞くよりも先に、ことばが何を指しているのかを理解していないといけない。たぶん、野崎はすべてのことばの「意味」を理解した上で動かしている。
 これに、わたしはつまずく。
 詩だけではないが、私は、何か先に存在するものがあって、それには名前があって、それを声にするとことばになる、という具合には感じないのだ。音、ことばが先にあって、それを組み合わせてことばにすると、その瞬間、世界が生まれてくるという感じが強い。音(声)にする前は世界は存在しない。
 何度か聞いた音(声)は、私の周りに「世界」として定着しているというか、いつでもすぐにぱっとあらわれてくるものとしてある。だから「スタインウェイのピアノ」はすぐにわかった。スタインウェイのピアノが見えたわけではなく、そういうことばを言った複数の人の「肉体」が見え、それが世界となって私を受け入れてくれている感じがした。
 でも、野崎の書いているほかのことばは、なかなか「音」として聞こえてこない。
 我慢ができないのが、次の部分。

このステラの裏っかえしのセーターはポールがピアノで歌うレット・イット・ビーそのもののように思えるんだ。静かに受け入れられた気がする。

 これに英語のルビが打ってある。

And when the broken hearted people living the world agree There will be an answer Let it be
 
 私はどの音を聞けばいいのだろうか。これは「ノイズ」なのか、それとも「和音」なのか。「意味」だけしかないのではないか。それも私は「意味」を知っているということだけを告げるための、「意味のための意味」。「意味」だけしかないのに、それを「記号」にすることで、「意味」を隠している。まるで「意味隠し(意味探し)」が「文学/詩」であると言っているかのようだ。

 それに比べると、というのは変な話だが。
 先日感想を書いた帷子耀「私刑」は、全部「音」でできていた。繰り返し繰り返し押し寄せる音の洪水。音が「音楽」になって鳴り響く。「音」に酔ってしまう。何が書いてあるか(意味)なんて、どうでもいい。鳴り響く音が「音楽」として気持ちよければそれでいいじゃないか、と思ってしまう。
 気配りの帷子耀は、野崎の詩をどう読むか。ちょっと聞いてみたくなる。








*

「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
なお、私あてに直接お申し込みいただければ、送料は私が負担します。ご連絡ください。



「詩はどこにあるか」10・11月の詩の批評を一冊にまとめました。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074787


オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(4)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
長崎まで
クリエーター情報なし
思潮社
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

池澤夏樹のカヴァフィス(19)

2019-01-07 10:23:18 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
19 ディオニュソス群像

 工匠ダモン(池澤の注によれば架空の人物)がディオニュソス群像をつくっている。前半はその群像の描写。後半は、一転して人間臭いことばが動く。

彼の思いはいく度となく報酬のことにおよぶ、
シュラクサの王より三タラント、たいした額だ
彼の持つほかの資産と合わせれば
向後は贅をつくして暮らせる筈。
そして政界にも乗り出せよう--この喜び!--
議会にも入れようし、アゴラにも立てようもの。

 内容(意味)は人間臭いが、ことばのリズムは論理的すぎるかもしれない。仕事をしながら金のことを考えるのだから、もっと飛躍というかスピード感があってもいいような気がする。
 いちばん気になるのが「彼の持つ」ということば。ふいに「客観的」なものがまじる。「論理的」すぎる。ダモン自身の思いならば、ここは「自分の持っている」ということになるだろう。自分というものは、ふつうは自分を意識しない。つまり、省略されたままことばは動く。「自分の」も省略して、「持っているほかの資産」となるのが「思い」というものだろうと私は想像する。「筈」と自分自身で納得しているのだから、きっと「自分」ということばは動かない。
 「たいした額だ」という口語のスピード(いきいきした感じ)が「彼の持つ」という妙に客観的なことばで、つまずいてしまう。
 詩を読んでいるというよりも、散文(論理)を読んでいるような気持ちになる。



カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここをクリックして2500円(送料、別途注文部数によって変更になります)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする