詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ビョルン・ルンゲ監督「天才作家の妻 40 年目の真実」(★★)

2019-01-28 19:42:04 | 映画
ビョルン・ルンゲ監督「天才作家の妻 40 年目の真実」(★★)

監督 ビョルン・ルンゲ 出演 グレン・クローズ、ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレイター

 グレン・クローズが好演しているという評判なので見に行ったのだが。
 確かに一生懸命演じてはいるのだが、映画の細部が甘すぎる。いちばんの欠点は、ノーベル賞を受賞した作家の作品がどんなものかぜんぜんわからないことだ。引用されるのはジョイスのことば。おいおい。そりゃあ、ないだろう。かわりに「批評」が語られる。しかし、その批評というのは、もうすっかり忘れてしまったが「新しい文体」とか「文学に革命をもたらした」とか、まあ、読まなくても言えるもの。具体的に、どの作品のどの部分が、ということが語られないと批評とは言えない。感想ですらない。
 つぎに問題なのが、天才作家の人間性の描き方があまりにもずさん。少なくとも大学教授をやっていて、自分で作品を書いたこともある人間が、妻の書いたものを自分の名前で発表して、それが評価されてうれしいということなんてあるのだろうか。後ろめたさを感じずに、受賞を喜べるものなのか。
 と書いたあとで、こういうことを書くのは変なのだけれど。
 これを「天才作家のノーベル賞受賞」と引き離して、夫婦の「日常」と思ってみると、このだめさ加減がたっぷりの夫というのは、なかなかうまく演じられている。夜中にベッドでチョコレートを食べ、「糖分をとると眠れなくなる」と注意されるシーンなんか、うまいなあ。こいつ、いつも家でそうしてるんじゃないのか、と思わせる。とても損な役どころで、こんな役をよく引き受けたなあと思ってしまうのだが、ほんとうにいいだらしがない。グレン・クローズがいなければ、ジョナサン・プライスは何もできない。髭についた食べ物のカスさえぬぐい取れない。グレン・クローズが、「ついている」とジェスチャーでしめさないといけない。この、間抜けぶりを、とても自然にやっている。とても天才作家には見えない、という感じをそのまま出している。
 グレン・クローズの演技は、ある意味ではジョナサン・プライスの演技があったから、際立って見える。上っ面でしかない男、それと対照的な女の内面の葛藤。グレン・クローズはジョナサン・プライスにかわってことばを書いたのではなく、精神というものを演じたのだ。
 でもねえ。
 その精神が、やっぱり「小説のことば」として再現されないと(引用されないと)、映画としては弱いなあ。だれそれとの浮気のことを書いたとかなんとかとか、それはストーリーであって「文体」ではないからね。
 この映画は、そいう意味では、「幻の小説」同様ストーリーを描いているだけで、人間を描いていない。描いているふりをしているだけ。
 唯一、これはいいシーンだなあ思ったのが。
 若いときのグレン・クローズが、女性作家の講演を聴く。その作家が若いグレン・クローズに向かって、大学の図書館の本を手渡す。大学出身の作家の本だ。本を開くと、パリッと音がする。誰も開いたことがない。ただ陳列されているだけだ。女流作家の本は、そういう運命にある、と語るシーン。本がきちんと演技している。そして、それがそのままストーリーを支えている。
 この本のような演技を役者はしないといけない。はじめて発する悲鳴が、聴く人の胸に響くような、一瞬なのに、決して忘れることができない「事実」を噴出させるような演技を。
 (2019年01月27日、T-JOY博多スクリーン11)
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池澤夏樹のカヴァフィス(40)

2019-01-28 09:49:37 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
40 非売品

それらを彼はきちんと丁寧に
最高の緑色の絹に包んだ。

紅玉で作った薔薇、真珠の百合、
紫水晶の菫。すべて自分の判断と、

嗜好と美の感覚によって--自然のままにおくでも、
研究の対象にするでもなく。そして金庫にしまっておく、

 これも恋の詩だろうなあ。
 「すべて自分の判断と、//嗜好と美の感覚によって」が、恋なのだ。誰を好きになるか、どこが好きなのか。それは自分にしかわからない。
 「自然のままにおくでも、/研究の対象にするでもなく。」は不思議な秘密の匂いがする。どうしていいか、わからないのだ。
 できることは、「きちんと丁寧に/最高の緑色の絹に包んだ。」
 この「包む」に恋のすべてがある。「包んで」「しまっておく」。
 「きちんと」「丁寧に」「最高の」と、ことばを重ねずにはいられない。

 池澤は、こう書いている。

 原題は「店に所属する品」の意。主人公は腕の良い宝石職人で、一級の装身具を作って売る一方、自分の喜びのために宝石を花で作って秘蔵している。

 まあ、そうなんだろうけれどね。
 私は、ここに書かれている「宝石」を「自分好みの恋人」と読む。「宝石」は比喩である。

誰か顧客が店に入ってくれば

彼は別の品を出して見せるだろう--一級の装身具--
首飾りや腕輪、そしてまた指環や鎖を。

 最後の装身具には具体的な説明がない。そっけない。それは「恋人」ではないからだ。そして、「指環」「鎖」は、何というか、人間を「拘束する」イメージがある。
 カヴァフィスは、逸脱していく恋を、ことばのなかに隠している。




カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


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