詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

沢木遥香『わたしの骨格』

2020-01-07 11:49:17 | 詩集


沢木遥香『わたしの骨格』(七月堂、2019年04月30日発行)

 沢木遥香『わたしの骨格』にはさまざまな自画像が書かれている。感想の「二十五歳の肖像」が印象に残る。
 返された履歴書(採用試験に受からなかった)を破る詩である。

水辺に腰かけて
糊づけされた証明写真を
ゆっくり剥がした

色白の肌
意志が強そうな黒い瞳
濁った川の水面で
歪んだ笑みを浮かべ
漂っていく

二つ折りのA3用紙に
収容された二十五年
破いて
破いて
高く上げた手のひらから
花びらのように
こぼれ落ちていく

風が体の中を吹き抜ける
静かな葬儀に参列しながら
乾いていく髪の毛
滲んだ視界で
澄んだ空を仰ぐ
逃げ水のように不確かな
今日とか明日とか

 全行引用したのには理由がある。一連目だけ「剥がした」と過去形がつかわれる。そのあとは「現在形」である。履歴書の写真を剥がすことで、就職試験に落ちたことを「過去」にしたのだ。
 「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」「澄んだ」ということばがあるが、これは「過去形」というよりも連体修飾形。動詞そのものが動いているわけではない。
 と、書いてちょっと脱線したい気持ちになった。
 修飾語と被修飾語。どちらを先に書くか。日本語、英語は修飾語が先に書かれる。フランス語やスペイン語では被修飾語が先である。修飾語はあと。
 日本語がもしフランス語やスペイン語と同じ構造を持っていたなら、沢木の書いていることばは、少し違った印象になったかもしれない。最後の「澄んだ」はちょっと異質だが、それ以外のことばは「過去」にしてしまいたい、「いま」の「背後」に葬りたいという感じが強くなるかもしれない。
 「剥がした」は「過去」を振り切るための「過去形」。
 修飾語になっている「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」も、「過去」にしてしまいたい何か。
 そう読むことはできないか。
 「過去」にしたけれど、だからといって「未来」が確実になるわけではないというのが、生きることの難しさである。しかし、なんとなく「過去」を振り捨てて、「いま」を生きていこうという思いが、「過去形」をとる修飾語に感じられる。
 それは「花びらのように」という比喩(修飾語)と比較すると明確になる。振り捨てる過去であるけれど、そして「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」というような否定したいものではあるけれど、愛着もある。自分自身への愛が「花びら」ということばを選びとらせている。
 「花びら」はそのあとの「葬儀」につながる。「葬儀」には花を飾る。その花なのだ。
 涙で汚れた髪が乾いてく。涙で滲んだ視界が澄んで行く。「澄んだ空」は「澄んでしまった」という「過去形」ではなく、「澄んでゆく」という「現在/未来」形である。だからこそ最終行の「今日」「明日」ということばが自然に響く。







*

評論『池澤夏樹訳「カヴァフィス全詩」を読む』を一冊にまとめました。314ページ、2500円。(送料別)
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168076093


「詩はどこにあるか」2019年12月の詩の批評を一冊にまとめました。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168077806
(バックナンバーについては、谷内までお問い合わせください。)

オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。



以下の本もオンデマンドで発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977





問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アルメ時代23 幸福

2020-01-07 09:22:12 | アルメ時代
23 幸福



「星のつまった袋を持っている
つまり宇宙を持っている」
と男はくりかえした
酔うとひとつの話しかできなくなる
「それは少し脳の形に似ている
つまり皺が入り組んでいて」
女の視線が動くのを待って
男の舌はゆっくりつづける
笑いをおさえるように
しばらくあともどりをする
「それは少し脳の形に似ている
そのためだろうか
ときどき 袋で考えることがある」
男のひとり笑いが
うすくらがりで吊るされて揺れる
女はよそを向いて
泡の消えたビールを決意のように飲む
「幸福を追い求める気持ちが
急にしぼんでしまった」




(アルメ245 、1986年11月10日)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

嵯峨信之『OB抒情歌』(1988)(63)

2020-01-07 08:42:19 | 『嵯峨信之全詩集』を読む
* (余白の多い手紙をあなたは読みふける)


 このとき、あなたは余白を読むのか、書かれている文字を読むのか。

あなたは空がもっと明るくなればいいと思つているようだ
どこまでもつづいている真っ白い空が

 「真っ白い空」というのは新しい表現である。ここに「余白」の「白」という文字が復活してきている。あなたは空を「余白」と感じているということだろう。
 逆に読んでみる。
 「余白」を「空」と感じている。その「白」が明るくなる。つまり輝きを増す。「白」は光の色なのだ。あなたは「文字以外の何か」を読んでいる。その手紙がたとえ別れの手紙であったとしても、あなたは「文字以外の何か」を読むので幸福を感じる。
 「読みふける」の「ふける」という動詞が、そう告げている。




*

詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
オンデマンドで販売しています。100ページ。1500円(送料250円)
『誤読』販売のページ
定価の下の「注文して製本する」のボタンを押すと購入の手続きが始まります。
私あてにメール(yachisyuso@gmail.com)でも受け付けています。(その場合は多少時間がかかります)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする