沢木遥香『わたしの骨格』(七月堂、2019年04月30日発行)
沢木遥香『わたしの骨格』にはさまざまな自画像が書かれている。感想の「二十五歳の肖像」が印象に残る。
返された履歴書(採用試験に受からなかった)を破る詩である。
水辺に腰かけて
糊づけされた証明写真を
ゆっくり剥がした
色白の肌
意志が強そうな黒い瞳
濁った川の水面で
歪んだ笑みを浮かべ
漂っていく
二つ折りのA3用紙に
収容された二十五年
破いて
破いて
高く上げた手のひらから
花びらのように
こぼれ落ちていく
風が体の中を吹き抜ける
静かな葬儀に参列しながら
乾いていく髪の毛
滲んだ視界で
澄んだ空を仰ぐ
逃げ水のように不確かな
今日とか明日とか
全行引用したのには理由がある。一連目だけ「剥がした」と過去形がつかわれる。そのあとは「現在形」である。履歴書の写真を剥がすことで、就職試験に落ちたことを「過去」にしたのだ。
「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」「澄んだ」ということばがあるが、これは「過去形」というよりも連体修飾形。動詞そのものが動いているわけではない。
と、書いてちょっと脱線したい気持ちになった。
修飾語と被修飾語。どちらを先に書くか。日本語、英語は修飾語が先に書かれる。フランス語やスペイン語では被修飾語が先である。修飾語はあと。
日本語がもしフランス語やスペイン語と同じ構造を持っていたなら、沢木の書いていることばは、少し違った印象になったかもしれない。最後の「澄んだ」はちょっと異質だが、それ以外のことばは「過去」にしてしまいたい、「いま」の「背後」に葬りたいという感じが強くなるかもしれない。
「剥がした」は「過去」を振り切るための「過去形」。
修飾語になっている「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」も、「過去」にしてしまいたい何か。
そう読むことはできないか。
「過去」にしたけれど、だからといって「未来」が確実になるわけではないというのが、生きることの難しさである。しかし、なんとなく「過去」を振り捨てて、「いま」を生きていこうという思いが、「過去形」をとる修飾語に感じられる。
それは「花びらのように」という比喩(修飾語)と比較すると明確になる。振り捨てる過去であるけれど、そして「濁った」「歪んだ」「収容された」「滲んだ」というような否定したいものではあるけれど、愛着もある。自分自身への愛が「花びら」ということばを選びとらせている。
「花びら」はそのあとの「葬儀」につながる。「葬儀」には花を飾る。その花なのだ。
涙で汚れた髪が乾いてく。涙で滲んだ視界が澄んで行く。「澄んだ空」は「澄んでしまった」という「過去形」ではなく、「澄んでゆく」という「現在/未来」形である。だからこそ最終行の「今日」「明日」ということばが自然に響く。
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