池井昌樹「ひらいて」(「現代詩手帖」2020年01月号)
池井昌樹「ひらいて」は、こう始まる。
そっとしていて
すきじゃないなら
そんなかおして
そばにこないで
そっとしていて
すきならば
いつもだまって
そばにいて
「すきじゃないなら」「すきならば」と反対の「意味」のことばが、この二連を対にする。そして書き出しの「そっとしていて」に意味の違いをつけくわえる。それは「そばにこないで」と「そばにいて」という違った動きを誘う。
ここに「詩」があるのか。
いや、ここにあるのは「意味」ではないのか。
言い換えると、ここに感じる何かというのは「散文」の論理ではないか。
谷川、天沢の作品とつづけて読むと、そのあたりが微妙になる。
一連目、なぜ「そっとしていて」「そばにこないで」と言ったのか。二連目の「そっとしていて」「そばにいて」を言いたいからだ。
ここにあるのは「意味」ではなく、「意味」を否定する「矛盾」である。だから、それが「詩」なのだと言える。
「矛盾」をくぐりぬけることで、「矛盾」を超えるものが生まれてくる。
そっとしていて
おねがいだから
でもほんとうに
すきならば
そっとしないで
かたくなな
わたしたち
ひとのこころを
いちどだけでも
そっとひらいて
「そっとしていて」は「そっとしないで」にかわる。この展開は、いわば矛盾を超えていく弁証法である。止揚、ということになる。
閉ざした「かたくなな」「こころ」を「そっとひらいて」。
最後の一行で「していて」が「ひらいて」に変わる。
止揚の瞬間、動詞が「そっとしている」から「そっとひらく」へと、完全に別なものになる。
この「異質」への変化が「詩」か。
そう言えるかもしれない。
でも、これではありまにも「散文的」な「意味」の読み方の内におさまってしまう。つまり「論理」になりすぎてしまう。「論理としての詩」。
これでは、「数学」である。ことばの「数学」。
この「数学」としての詩から、池井は何を言いたいのだろうか。つまり「論理」ではない何を言いたいのだろうか。
そっとしていて
おねがいだから
でもほんとうに
すきならば
この連に出てきた「ほうとう(に)」が池井の見つめているものである。
ひとはどんなふうにも動く。「そばにいて」「そばにこないで」。どちらもできる。どちらも「そっとしている」ことができる。外から眺めれば、どちらも同じ「かたち」をしてる。同じかたちのものが、違う「意味」を持つことができる。
「違う」は「間違う」でもある。
「間違えた」なら「間違い」を正さないといけない。それは「ほうとう」へ帰るというかたちでしか正せない。
人間が帰る場所としての「ほんとう」を池井は見つめている。
「ほんとう」は池井のこの詩のキーワードである。「ほんとう」ということばが書かれなかったから、この詩は成り立たない。
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