ガルシア・マルケス 文体の秘密(1の追加)
『Cronica de una muerta anunciada (予告された殺人の記録)』にはいくつもの「強調構文」が出てくる。野谷文昭の訳文では、それがわからない。というよりも、私はスペイン語版を読んで、マルケスの狙いは独自の強調構文の確立にあると感じ始めたのだ。そして、その「強調構文」は、ネイティブが気づきにくいということも気がついた。私がこれは「強調構文だ」と指摘しても、フェイスブックの「マルケス」のサイトのひとは何も感じてくれない。ひとりだけ、メキシコの言語学者が、私の指摘した「dos veces 」の問題に反応してくれた。
本当は「ガルシア・マルケス 文体の秘密(2)」の最後に、(1の補強)として書くつもりだったのだが、先取りして書いておく。私はアンヘラ・ビカリオと「私」との対話の部分がとても好きなのだが、そこにこんな文章が出てくる。ペンギンブックの109ページ。
Uan madrugada de vientos, por el año décimo, la despertó la certidumbre de que él estaba desnudo en su cama.
「 desnudo」ということばにひきずられて見落としてしまいそうだが、「 la despertó la certidumbre de que él estaba desnudo en su cama.」がとてもおもしろい「強調構文」だ。
ふつうは、
(1)ella (Angela Vicario) se despertó a causa de la certidumbre de que él estaba desnudo en su cama.
(2)ella (Angela Vicario) se despertó con la certidumbre de que él estaba desnudo en su cama.
あるいは
(3)la certidumbre de que él estaba desnudo en su cama despertó a ella.
と書くと思う。
スペイン語は語順が英語のように厳密ではない。主語も省略できる。動詞の活用によって主語が何かわかるからである。だから順序も変えられる。
この文章のポイントは「despertar 」という動詞のつかい方である。
目が覚めるという意味でつかうとき(自動詞としてつかうとき)と「despertarse 」という形をとる。それが(1)(2)の文章。目を覚まさせる(他動詞)の場合は(3)になる。主語は「la certidumbre de que el estaba desnudo en su cama」と非常に長くなる。そのため「despertar 」という動詞の印象が弱くなる。これでは衝撃が弱い。
それを避けるためには(1)(2)の文章になるのだが、このときは「a causa de」や「con 」が必要になる。そういう余分なものが入り込むと、「la (a ell)」と「 la certidumbre 」の結びつきが弱くなる。マルケスは、「la (a ell)」と「 la certidumbre 」を強烈に結びつけたかった。結びつきを強調したかった。そのために「a causa de」や「con 」を必要としない「文体」を選んだのだ。マルケスの文章を読むと「ell 」と「certidumbre 」が同時に強烈に迫ってくる。そして、このことばは一回目に書いた「 lucidez」につながることばである。
ここに書かれている体験はアンヘラの「錯覚」なのだが、その錯覚は彼女にとっては「現実」なのだ。それを一瞬のうちにわからせるために書いたのが、この文章である。