山本育夫「12さち」(「博物誌」50、2022年01月25日発行)
山本育夫書き下ろし詩集「たくおん」18篇のつづき。
「たくおん」は「たくあん」ではない。「だくおん」と書くのが一般的だが、山本は「たくおん」と書いている。濁音のための「゛」を省略している。「12さち」では、こんな具合。
たったっ たった
あしおと か おいついてくる
これは一般的な書き方をすれば「たったっ たった/足音が追いついてくる」だろう。「たったっ たった」は軽快な足音のオノマトペ。--こう読めば、たとえば「学校文法/教科書解釈」では「正解」かもしれない。
でも、山本は、そういう「書き方」を知らずに、間違えて、こう書いたわけではない。そうであるなら、それを読むとき「たったっ たった/足音が追いついてくる」と「学校文法」にあうように「修正」して読んでしまっては、山本が書こうとしたことを見落としてしまう。山本が何を書こうとしたのかわからないが、私は山本が「学校文法」の奨励する「修正」を拒否していることだけはわかる。いや、私は、山本が「学校文法」の「修正」を拒否してことばを動かしているのだ(表記しているのだ)と「誤読」する。
この問題に向き合うのは、とても難しい。だから、私は山本の「学校文法」による「修正」を拒否したいという気持ちを受け止め(もちろん、それは「誤読」かもしれない)、それでは私も「誤読」してみよう。「学校文法」の「修正」を拒否して、山本のことばを読んでみよう、と思うのである。
こういうことは、手さぐりである。言い換えるなら、「正解」などないのだ。自分を信じるかどうかだけなのである。
私は最初、「たったっ たった」を濁音なしに「軽快な足音」ととらえたが、「だっだっ だっだ」だとどうなるか。重くなる。苦しくなる。でも、私は、これを「軽い」ままにしておきたい。
それは二連目と関係している。
たれか か うたっている る
こえか つきにおいかけてきた ららら
いつも なにかか おいかけてきて
おいついて おいこしていく くくく
ゆめは はかない と
たとぅー を いれた ちふさ か
ゆれている んたろうね
そのたひに
そのたひに さちあれ れ
「学校文法」にしたがい「修正」すれば、「誰かが歌ってる、る/声が次に追いかけてきた、ららら/いつも何かを追いかけてきて/追い付いて追い越していく、くくく/夢は儚いと/タトゥーを入れた乳房が/揺れているんだろうね/そのたびに/そのたびに幸あれ、れ」になるだろう。「歌(メロディー)」が「声(ことば/意味)」に変わる瞬間を「次に」という短いことばでつたえているところなんか、実にいいなあ。好きだなあ、この部分と書きたいのだが……、それを書くとまた別の感想になる。
最初の感想にもどる。
引用しなかった部分(一連目)に「ふとうはたけ」ということばがあり、「ぶどう畑」を連想したせいだが、私は、「こえか つきにおいかけてきて」を「肥え担ぎが追いかけてきて」と読んでしまった。農家の仕事を手伝ったことがある人ならわかるだろうが、「肥え」をかついだまま軽快に走ることはできるない。だいたい走ると「肥え」がこぼれてしまう。こぼさないように、というのは「肥え」を大切に思うからでなく、こぼしたら自分の体が汚れるからである。だから走ったりはしない。
ところが山本を追いかけてきた「肥え担ぎ」(女)は、軽快そのものである。疲れを知らない。そればかりか、「肥え」に汚れることなんか気にしていない。なぜって、若い女の肉体は「肥え」なんかはじきかえしてしまうのだ。その若い女の象徴が「乳房」。「タトゥー」を入れているらしいが、それはほんとうに乳房を飾る(より美しく見せる)装飾品だ。「肥え」だって、そうなのである。ひとふきすれば、すべすべの裸にかわるのだ。より美しく輝くのだ。絶品になるのだ。そして、その女の名前が「さち」なのだ。「ちふさ」ということばのなかに「さち」があるように、こういう一連のことばを書く山本の気持ちのなかには「幸が好き」という気持ちが含まれている。
そんな山本と「さち」を、
とおい ていほう から
いぬとひとと こちらを
みている
みんなに
さちあれ さち あ れ
ここなんか、私は、「さち」の「乳房」を見るために、山本が女に襲いかかった、と読む。いわゆる「青姦」というやつだ。それをみんなが見ている。犬も見ている。犬は交尾しながら山本と「さち」を見ているかもしれない。
みんな、幸福だ。
なかでも、「さち」は「あーれー」と悲鳴を上げながら、実際は喜んでいる。こういう「誤読」のためには、「たったっ たった」は軽快でなくてはならないし、
何よりも「立った/勃起した」を連想させなければならないから「だっだっ だっだ」ではだめなのだ。「立った、立った、立った」を連想させないとだめなのだ。山本は「さち」を知っている。どれくらい知っているかというと「乳房」にタトゥーがあるというようなことだけではなく、足音を聞いただけで、それが誰かわかるくらいに知っている。「さち」とわかった瞬間に、勃起するくらいに「さち」を知っている。
そんなことを思うのである。
こういう「感想」は、たとえ思っても、書かない。書くとしても「修正」して、穏便な形で書く、というのが一般的かもしれない。しかし、私は、そういうことはしない。「修正しません」という宣言を含んで書かれたことばに対しては、私も私を「修正しない」。どこまでも暴走する。
詩を読むとき、詩が私を読み返してくる。詩が、私の中に隠れているものを覗き込んでくる。だから、私はその覗き込まれたものを(覗き込まれていると感じたものを)、そのまま詩に対して返す。詩を読んだから、私はここまでかわることができたよ、と。
私の感想は「ひとりよがり」である。私は私の感想が誰かによって「共有」されて、「批評」にかわることを望んでいない。いつでも「一対一」で存在していたい。
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