徳永孝「森の小馬」、池田清子「曇り」、緒方淑子「時季」、青柳俊哉「鏡」(朝日カルチャーセンター福岡、2022年01月17日)
受講生の作品。
森の小馬 徳永孝
森の少し開けた所に湖が有りました
そのかたわらに小馬が居たので
話しかけてみました
こんにちわ 何をしているの?
水仙の花を見ている
花はどれも好きだよ
お姉さんはどうしてここに来たの
あなたに会うためかもね
うそだあ
そうね ちょっと言ってみただけ
ひとりなの?
ひとりって何?
友達や仲間がいない事よ
親せきはたくさんいるよ
アポロンの黄金の戦車を走らせたり翼をもって天を駆けるとか
馬車を引いて旅したり人を乗せて狩りに出かけたり
競走選手やポロの選手もいるよ
遠い親せきのユニコーンはプレイボーイって言われてる
乱暴なくせに乙女の前では優しくなれなれしいんだって
まあ いろいろな方がいらっしゃるのね
君は何になりたいの?
よく分からない どれも楽しそう
今決めなくちゃいけないの?
大人になれば何かの仕事をするものよ
その時好きな事をすればいいんじゃないの?
話し疲れた
そう? じゃあ私はそろそろ行くわね
さようならまた今度ね
さよなら
そして私はここへ戻ってきました
その後あの小馬に会う機会は有りませんでしたが
今どうしているのか
どんな大人になったのか
気になります
案外分かれた時のまま
変っていないのかも知れません
受講生に、どんな意図で書いたか、何を書いたか説明してもらい、そのあとで感想を言うという形で講座を展開してみた。
「湖、小馬の光景が浮かんできて書き始めたが、途中で主人公が交代した」
この説明と関係があるのかもしれないが、途中の部分に「発話者」がだれなのかわかりにくいところがあったという声が出た。メルヘン、絵本、子どものときの心情かなあ、と思って読んだという意見も。終わり方が余韻に駆けるという指摘もあった。
それと関係するが「今どうしているのか」以降は、「お姉さん」のことばと読むのがふつうだろうけれど、逆に、「小馬」のことばとして読んでみるのもおもしろいかもしれない。
小馬が「あのとき会ったお姉さんは、どうなっている」そう想像してみるとどうなるだろうか。時間が経過して変っていくのは「子ども(小馬)」だけではない。「おとな」もまた変っていく。変っていくからこそ、この詩が書けたとも言える。
あるいは変ってしまった「お姉さん」が、小馬は変わらずにいてほしいという願望をこめて、この詩を書いているかもしれない。そうだとすると、そこには「童心」の「自己」が投影されていることになる。
「アポロン」からはじまる「小馬の親戚」には変わることのない「童心の夢」のが書かれているのかもしれない。
*
曇り 池田清子
晴れた日は
とても 太陽がまぶしい
雨の日は
とても 視界が悪い
雨のふる日も大雪の日もかけつけた
一途な雨女はもういない
とうとう
曇りの女になってしまった
「車を運転していると、太陽がまぶしくて運転しにくくなった。曇りの日が一番運転しやすい」
とても直接的な説明だったために、逆に読みにくくなったかもしれない。二連目がインパクトがあるという評価の一方、どこへ駆けつけたのかわからない、具体的な場面がわからないという指摘があった。活動的だったのに、それができなくなった。最終連が悲しいという感想も。
三連目の「とうとう」は直前の「もう」とむきあっている。「雨女」はふつうは、何か大事な時(晴れのイベントの時)、雨を招いてしまう女という意味でつかわれるが、ここでは「一途な雨女」というつかわれ方をしている。これは「雨が降ろうが、やりが降ろうが」ということばを隠している。「もう」も「とうとう」も、その精神につながることばである。
*
時季 緒方淑子
秋のコーヒー 真冬に飲んでる
引き出しに ある 冬のコーヒー
春には春のコーヒー 買うだろう
棚に 手を伸ばして
そして開けるのは 冬の
春の中の 冬のひと息
「季節限定のコーヒーを買うが、飲むタイミングがずれる。季節に追いつけない自分がコーヒーに象徴されている。一方で、コーヒーを開けた時と、現実の季節とのずれを楽しんでいるかもしれない」
三連目が印象的。朗読を聞くとニュアンスがつたわってくる。繊細な感じがとてもいい、という声。
その三連目の「そして開けるのは 冬の」の「冬の」は何だろうか。この「冬の」をどう読むか、質問してみた。
「冬の思い出、冬の名残、冬のまどろみ」「冬の実感であって、思い出ではないと思う」
私は次の行の「冬のひと息」と読んだ。これはいわば「誘い水」のような働きをしている、と。「冬の何か」といいたい。でも、そのひとことがなかなか出てこない。でもとりあえず「冬の」と書いてみる。それから、ことばを動かしているうちに、遅れて「ひと息」がやってくる。しかも、ただ遅れてついてくるのではなく、追いついて、一緒にそこにいる感じ。
この感覚がいいなあ、と思う。それこそ、ことばの「呼吸」なのである。
そこで、また質問。書き出し。「秋のコーヒー 真冬に飲んでる」。この一行、あなたなら、どう書く?
「助詞の『を』を書く。秋のコーヒー『を』 真冬に飲んでる、と」
緒方は意識的に助詞を省略し、ことばが「散文化」するのを防いでいる。
*
鏡 青柳俊哉
未明の空に鳥がうまれ
暗い水田(みずた)に美しい叫びがふる
空にしるされる覚醒 鳥の声をながれる朝の水音
自然はよく響く鏡
冬の黄昏を 艶(なま)めかしい声で鴉が飛びすぎていく
朝には青い蛙がなき 夕ぐれには茶色い蟋蟀がわらう
夏草を摘みながら 落日にまるく染まり眠る女
生きものたちの声と色彩が一つに溶けあう鏡
ヒメジョオンの小さな太陽を 童女は水辺の空に
かえした 花たちは柔らかい音をたて 水中を
上っていった 花や生きものたちの声が 光と水に
波立ちふるえ 夜に高く硬く澄んでいく鏡
「自然は鏡であり、何かを反響している。鏡は、反響、呼応の象徴」
一連目が音、二連目が色、三連目が光と変化していく。透明な情景が重なり合う感じが美しいという感想。
私は三連目「ヒメジョオンの小さな太陽を 童女は水辺の空に/かえした」という描写が美しいと思った。水に映る空、その空のでヒメジョオンの花が太陽になるという変化がいい。さらにそれが「水中を/上っていった」という動きがいい。童女が立ち上がり、視線の変化が生み出す世界の変化。そのなかにすべてが統一されていく、その透明感。
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