谷川俊太郎詩集『虚空へ』百字感想(27)
(死の色は)
死の色は
白
まばゆさに
目を瞑る
ざわめきの
静まる
今日
慎ましく
黒は
隠れる
人の無明に
古の
金の輝き
鉄の錆
*
「無明」は色だろうか。白と黒のあいだにある灰色かもしれない。この灰色は仮の名前で、ほんとうはまだ名前のない色。さわがしい灰色、静かな灰色。灰色は、いくつあるかもわからない。
*
(無はここには)
無は
ここには
ない
どこにも
無い
宇宙にも
心にも
無は偽る
文字で
詩で
こうして
無いのに
時に
有るに似る
*
「偽る」と「似る」は微妙な関係にある。「偽り」のなかには事実に似たものがある。似ているから、ほんものと間違える。Aを以てBと為す。騙すは馬ヘンだが「偽る」も「似る」も人ヘンである。罪深い。
*
(水平線で)
水平線で
陽炎に
揺れている
遠い誰か
そこへと
夢が
泳いで行く
頑なに
沈黙する
椅子と
机
言葉の
無垢受胎の
幻
*
「頑な」と「無垢」。「頑な」には意思があるが、「無垢」には意思がない。だから「頑な」には拒絶感がともなうのに、「無垢」は逆に拒絶感がない。「無垢」がさまよいだすのは「幻」に騙されてか。