詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ガルシア・マルケス ことばの選択(2)

2022-01-14 11:13:55 | その他(音楽、小説etc)

ガルシア・マルケス ことばの選択(2)

 ことばは、ほんとうにおもしろい。ガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」をスペイン語版「Cronica de una muerte anunciado 」のなかに「la pinga」という名詞が出てくる。「男性性器」である。しかし、「la pinga」は「女性名詞」。どうして? 男性性器は男性しかもっていない。(もちろん、手術すれば、男性だからといって「男性性器」をもっているわけではないし、女性だからといって「男性性器」をもっていないとはいえないが、そこまでは考えない。)
 そこで、マルケスのサイトで質問してみた。いろいろな回答があったが、多くのひとは疑問に思っていない。最初から「女性名詞」ということで、気にしていない。
 ところが。
 ひとり、こう教えてくれた人がいる。Wendy Sanchez というベネズエラの女性。

En cuanto a la pinga, es el termino coloquial usado en algunos países latinoamericanos para nombrar el órgano sexual masculino, así como muchas palabras más, ya que tenemos la costumbre por tradición y más por un tema de tabú, nombrar las partes intimas femeninas y masculinas con otros nombres y no por los correctos.

 ことばはタブーと関係している。「文化人類学」をふと思いだした。たしかにセックスは、人間のタブーの最大のものである。そのため、いろいろな社会に、いろいろな規則がある。ことばも、どうしても「制約」を受ける。いつでも「el pene 」をつかうわけにはいかない。だから、ときには「隠語」を使用する。
 そのとき。
 何らかの「親密な感情」をこめたくなるのが人間である。男の場合、セックスの対象はふつうは女性。だから大切なものに「女性の名前(たとえば自分の好きな女性)」をつける。親密感、をあらわすためだ。簡単にいえば、私が自分のちんぽを「ナスターシャ・キンスキーの宝物」という具合。ナスターシャ・キンスキーとセックスしたことがあるわけではなくて、もちろん、それは夢なんだけれどね。ここまで言ってしまうと、わけがわからなくなって、詩になってしまうが。そうならないように、簡単に「la pinga」と言うわけだ。これなら、男同士でセックス自慢ができるというわけだ。「ナスターシャ・キンスキーの宝物が暴れたがっている」なんてね。

 あ、Wendy Sanchez が、そう書いているわけではありません。私は「タブー」と「親密」ということばから、かってにそう考えたということです。スペイン語がすらすらわかるわけではないので、勝手気ままに「誤読」する。また、マルケスが73ページで「la pinga」をタブーと関係づけて書いているわけでもありません。ただ、単に「女性名詞」であることのおもしろさ、その理由が理解できたので、メモとして書いておくだけです。

コメント
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