2022年05月24日の読売新聞(西部版・14版)の「いまを語る」は、東大教授・渡辺努のインタビュー。「物価上昇 乗り切る知恵/親、祖父母の経験 若者に伝えて」という見出しがついている。
ロシアのウクライナ侵攻に関連して、物価上昇がつづいていることに対する対処方法を語ったものである。
そのなかで、非常に気になる部分があった。
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日本の物価が上がりにくい一因に、労働者の賃金が上がっていない点があります。米国は労働者の賃金も急上昇しているので、企業側も原材料費の急騰を受けて商品を大幅値上げしていますが、日本は十分に賃上げしていません。消費者が買い控える可能性があり、企業は原材料費の上昇分すべてを商品価格に転嫁できないのです。
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これだけ読むと、日本の物価が上昇していないように見えるが、実際は上がっている。原材料費の上昇分「すべて」を商品価格に転嫁しているかどうかはしらないが、随分転嫁されている。なかには原材料費の上昇分を上回る金額が転嫁されているかもしれない。
このあと、渡辺は、さらに、こういっている。
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日本の物価上昇は緩やかで、今後も消費者物価指数は2%程度プラスアルファで推移するとみられています。今年の春闘で2%超の賃上げで妥結した大企業が増えたので、中小企業への波及も期待されていますが、賃上げ以上の物価高が続けば、景気がふるわなくなるでしょう。
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渡辺の「見通し」が当たるかどうかはこれからわかることだが、私が注目したのは「今年の春闘で2%超の賃上げで妥結した大企業が増えた」という部分である。これはトヨタが早々と満額回答をしたときに書いたことだが、なぜ、「今年の春闘で2%超の賃上げで妥結した大企業が増えた」かということだ。
ロシアのウクライナ侵攻はすでにはじまっていた。世界の状況が不安定になることは誰にでも予測できた。こういうとき、ひとは、ふつうは何をするか。金を使わない。これから起きることに対して備えようとする。私が会社の経営者なら、「賃上げ」などしない。製品が売れるとはかぎらないし、源材料費の価格がどうなるかわからないからだ。コロナだって、まだ終息するかどうか、だれにもわからなかった。(今だって終息したとはいえない。)
では、なぜ、賃上げをしたのか。
理由は(そのときも書いたが)簡単である。物価が上がることが「大企業」にはわかりきっていたのだ。政府からの「レクチャー」もあったかもしれない。戦争の影響で物価はどんどん上がる。賃金を上げておかないと、「物価が上がっている。こんな賃金では暮らせないという声が労働組合から噴出する。そうなると社会が混乱する」と考えたのだろう。
いま物価がどんどん上がっている。それなのに「賃金を上げろ」という要求がどこの労働組合からも出て来ていない。(私が知らないだけなのかもしれないが、新聞にはそういう報道がない。)「すでに春闘で賃金を上げている。いま、さらに賃上げをする余裕はない」という「説得」を資本家側が先取りしているのかもしれない。わたしは、きっと、そうだと思う。そういう論理を展開するために、大企業は春闘で賃上げを実施したのである。
渡辺は暢気に賃上げが「中小企業への波及も期待されています」と話しているが、いったい「いつ」波及するのか。もう春闘は終わっているだろう。来年の春闘のことを言っているのか。それまで、大企業の従業員ではないひとは、どうやって暮らせというのだ。
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「インフレが長く続くわけではないので、貯金を取り崩して対応した」「分散投資した」「あわてて株やモノを買って損した」といった経験が共有されれば、20、30代もうまくインフレを乗り切れるでしょう。戦争を体験した世代が戦争の語り部になったように、インフレを体験した世代はその体験を伝承すると、喜ばれると思います。
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いろいろ提案しているが、「分散投資した」「あわてて株やモノを買って損した」というのは「金持ち」のしたことであって、きょう、あすの生活に苦しんでいるひとは、そんなことはできない。「貯金を取り崩して対応した」というのも余裕があるひと。取り崩したくても取り崩す貯金がないひとはどうすればいいのか。
ただ、黙って、がまんしろ、ということだろう。
「ほしがりません、勝つまでは」という古い古いスローガンが、どこからとも聞こえてくると感じるのは私だけだろうか。
連合は労働者の意見を政府にぶつけるというよりも、いまは政府にすり寄っている。それは、私には「物価上昇することを自分にレクチャーしてくれてありがとう。おかげで、連合の母体である大企業は春闘で賃上げし、従業員はその後の物価高にも対応できている。これからも、どれだけ賃上げすれば物価高を乗り切れるか、価格転嫁はどこまでできるかを教えてちょうだい」と言っているように見える。
参院選は、もうすぐだ。
ほんとうに労働者のことを考えるなら、連合が主体になって消費税引き下げを提言したらどうなのか。消費税引き下げを野党の統一要求にし、連携するということを提案したらどうなのか。
いまの連合は、そういうことは絶対にしない。大企業以外の労働者のことなど、気にしていない。資本家と、大企業の従業員さえ満足なら、他は気にしない。貧乏人のめんどうなんかみない。「自己責任だ」というだけだろう。
それにしても。
物価上昇にともなう消費税の増収はどれくらいになるのだろうか。岸田はバイデンに防衛費の増額を約束したが、財源は? きっと、物価高で増収になった消費税を防衛費にまわすのだろう。「防衛こそが最大の社会保障、軍備なくして社会保障はない」というに違いない。
ロシアのウクライナ侵攻からはじまった「戦争」はいろいろなところに影響を及ぼしている。大勢のひとが苦しんでいる。一方で、それをきっかけに大儲けしているひとたちもいる。アメリカの軍需産業と、アメリカの石油(燃料)産業がその代表だろう。彼らは「物価高」のことなんかぜんぜん気にしないだろう。物価が上がればあがるだけ、利益があがるのだ。
若者に伝えなければならないのは、「親、祖父母」の「我慢体験」ではない。政府(政治)に対して、どういう働きかけをしていくか。こういう状況を産み出している政治に対して何をすべきかという提言だろう。
読売新聞に寄稿している学者のことばは、とてもうさんくさい。「物価上昇 乗り切る知恵」というインタビュー記事は、簡単に言い直せば、「知恵を出して物価上昇を乗り切るのが国民の仕事だ」と言っている。国(政府)のすべきことについては何も言っていない。これは、「政府が間違っているのではない。政府に間違いはない。困難な状況のときは、国民が力を合わせて政府に協力すべきだ」と言っているだけなのだ。政府の宣伝は言っていないが、不満を言わないことは、政府を肯定することなのだ。東大教授は、きっと大企業の従業員のように生活が保障されているから、「えっ、カップラーメンが値上がりしたの?」という会話などしないのだろう。