岩木誠一郎「夏の果て」(「59」28、2022年11月20日発行)
私はメールをつかった「現代詩通信講座」を開いている。先日、ある受講生から「完成度」について聞かれた。詩の完成度は、どうやって判断するのか。これは、はっきりいって答えようがない。ある具体的な作品を読んで、その作品を完成度が高いと感じるか、低いと感じるかはひとによって違うだろう。私は「音/リズム」が安定しているときに完成度が高いと感じるのだが、この「音/リズム」が安定しているという印象も、ひとによって違うだろう。
岩木誠一郎「夏の果て」は、私の基準では「完成度が高い」作品である。
日が傾くと
潮の匂いが強くなる
波打ち際の
濡れた砂のうえで
むすうの泡がひかりを
映しては消えてゆく
一連目。詩人が海辺にいることがすぐにわかる。「潮(の匂い)」が海を連想させる。「海」とは書いていないが「潮の匂い」で、「海」以外を思い浮かべるひとは少ないだろう。いくらかかわったものを連想するとしても、魚(干物を含む)や市場くらいだろう。その「海」は「波打ち際」で明確になり、さらに「濡れた砂」が定着させる。ここにはイメージの「リズム」もある。動き方が自然なのである。さらに書き出しの「日が傾く」は「ひかり」「消えてゆく」によって、イメージを固定させる。私はこういうイメージにも「音」を感じるのである。映像そのものの重なりというよりも、「音」が呼び合っている感じがする。
さらにつけくわえると、この「音」は「万葉の音」ではなく「古今の音」である。「声」ではなく、つまり「肉体」を通って響いてくる「音」ではなく、「頭」のなかを動いていく音である。どちらかというと「肉体」の存在を忘れさせる音、「意識に刻まれた音」という感じ。
だから、この詩、この詩のことばは「意識」へと動いていく。
それだけのことなを
ただ眺めていると
流れ着いたのか
たどり着いたのか
どちらでも
かまわないように思えてくる
「眺める」「流れ着く」「たどり着く」という動詞は出てくるが、「思える(思う)」が全体を統一している。「どちらでも/かまわない」のは、意識というものは、いわば虚構であって実在ではないからだ。「肉体」が変化するわけではない。
「思う」は、さらに「意識」のなかへ深く入っていく。
ふりかえると
海辺のちいさなまちに
灯りがともりはじめるところだ
そこで暮らしていた
少年のことを考えながら
廃線になったはずの列車が
走り去るのを見送っている
「ふりかえる」は「肉体」の動きをあらわすが、同時に「意識(こころ)」の動きをあらわすときにもつかう。「思う」は「考える」という動詞にかわっている。「思う」と「考える」はどう違うか。ひとによって基準が違うかもしれないが、私は「考える」の方が「意識的」だと思う。「意識」を動かしている感じがする。「意識」を動かして、「現実」には存在しないことも、ことばを通して、そこにあるかのように出現させることができる。これは「意識」の運動である。「そこで暮らしていた/少年」は「過去形」が明らかにするように、そこには、もういない。「廃線になった列車」も、もちろん存在しない。「はずの」ということばを岩木は挿入しているが、「はずの」があるから現実にそこに列車が走っているわけではない。「意識」で「廃線」をさらに意識化しているのである。一種の強調である。「走り去る」のを「見送る」のは「肉体の目」ではなく、「意思の目」である。「ことば」である。
夕暮れの海という現実、そこから感情が動き、「思う」という動詞になり、それがさらに深化して「意識」になり、その意識は「現実」を「架空」の世界へと導いていく。ここは、いわゆる「起承転結」の「転」である。
「意識=虚構」にまで達したから「結」は、もちろん「現実」にもどる。
どこへ向かうのだろうか
鉄橋のあたりを
通り過ぎるとき
季節の
終わりを告げる音が
星空の方から降ってきた
「季節の終わりを告げる音」は、まあ、現実というよりも「虚構(ことばの運動だけがとらえることのできるもの)」だけれど、そして「星空の方から降ってきた」というものことばの運動でしかないのだが、「星空」は現実であり、それは書き出しの「日が傾く」ときちんと呼応している。
夕暮れが夜になる。その時間、岩木のこころは日暮れの風景を見ながら動いたのである。これが、とても自然なリズムで書かれている。行ったり来たり、つまり、方向を間違えたり、迷ったりしない。だから「完成度が高い」と感じる。
そう評価した後で、不平をいえば、三連目の「ちいさなまち」「(過去形の)少年」「廃線」「(走り)去る」というのが、あまりにも「抒情の定型」にはまりすぎる。だから、「頭で書いている/意識がことばを支配している」という印象が強くなる。工場の排水で汚染されたままの街、出て行くことのできない老人だけが住んでいる街というのは、いまの日本ではあちこちにあるかもしれないが、そういう「現実」は、ここにはない。岩木のことばは「現実(現代)」とは少し違った場所で動いている。もちろん、岩木の書いている「海」「まち」も実際にあるだろうけれど、抒情だけで語られる存在であるとは、私には思えない。「現実」に近づかないことで、ことばを「頭」のなかで動かすことによって、岩木の詩は「完成度」を保っているともいえる。
と書いてしまうと、なんだか、とんでもなくつまらない詩を取り上げているような感じになってしまうが……。
私は二連目の書き出しの「それだけのことを/ただ」に感心した。うなってしまった。散文的な、何の「意味」もないような行に見える。実際、「それだけのことを/ただ」がなくても詩は成立する。実際に「それだけのことを/ただ」を消して読んでみるといい。いったい何人が、そのことばがないと「わからない」、あるいは「不自然な展開」と感じるだろうか。「それだけのことを/ただ」は岩木だけに必要なことばなのだ。私はそういうことばをキーワードと呼んでいるが、ここには岩木の無意識、肉体そのものがある。
岩木がほんとうに肉眼で見たのは夕暮れの海辺、波打ち際の光の変化とそれを支える風景だけなのである。あとは、ことばの運動である。ことばが、ことばのために動いた運動である。
いわば虚構のなかで、ぎりぎりの形で「肉体」を存在させている。読者に見つからないように、「肉体が邪魔だから」そこを少しどいてくれないか、もう少し美しい情景を眺めたいから、ねえ、岩木さん、そこをどいて、と言われない形で「肉体」を存在させている。それが、この詩のいいところである。そして、こういう「肉体」の存在のさせ方が、岩木の詩の特徴だと私は感じている。「完成度」でいうと、「超絶技巧」の完成度だね。
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