「現代詩手帖」12月号(2)(思潮社、2022年12月1日発行)
倉橋健一「さらば、小箱よ」。
ツバメ印で長いあいだしたしまれてきた徳用マッチが
時勢に押されてついになくなるという噂を聞く前の日のこと
「噂を聞く前の日」が「わざわざ」だね。「噂を聞く前の日」は、存在するようで、存在しない。特定できない、という意味である。あるいは「意識」のなかにしかない、と言い換えればいいか。
だから、これからはじまるのは「意識の劇」なのである。そして、この意識というものも「わざわざ」書かないと存在しないものであり、書けば存在してしまうというものでもない。
ほら。
朝焼け
一羽の火の鳥がひとりの天使(えんじぇる)をくわえると
と書いたあと
(もっとも天使を見たというのは)私のまったくの主観で
と書く。「主観」ということばで、存在するかもしれない「客観」を否定していく。ことばが動いていく。その動きだけがある。だから、ことばに「意味」を求めてはいけない。
思い出してほしい。倉橋のことばが動いているのは「いま」ではない。「噂を聞く前の日」を、ことばは動いている。そして、それは動き始めると「噂を聞く前の日」のことではなく、「動いている今」のことになる。それは「今」さえも突き破ってしまう。だからといって、それが「未来」になるわけでもない。「今」でありつづける。
この矛盾が「わざわざ」である。書かなければ「矛盾」しないことを、書くことで「わざわざ」矛盾にしてしまう。
正気ではない。別なことばで言えば「ばっかじゃない?」なのだが、「ばか」であることが詩人の「正直」というものである。詩人は正気ではないが、ばか正直である、ということを「わざわざ」ことばを書くことで証明するのである。
小林坩堝「NOWHERE」。
分譲住宅か、マンションか、あるいは分譲宅地か。不動産を下見にゆく。売り手の「定型のことば」と、そのことばに触発されて動く意識が、
地下鉄の地上駅を抜け、街灯の消された街を満員電車が走ってゆく。二駅のあいだだけ地上を走る車輌のリズム。
というように、ちょっと「不動産業者」のことばに汚染されながら、それに拮抗して動く。この「拮抗」を「わざわざ」書いている。そして、それが、この詩のいい部分である。このまま走り続けてほしいと思うが、最後。
たった一度きりの今日の現在形を保持する為めに、--果たして錯誤とは生存の換言ではなかったか--私はペンを走らせ、空洞を満たすインクが血であると誤る。
小林は「わざわざ」そう書いているのだが、「ペン」ではなく、地下鉄の電車を走らせつづけてほしかった。「血」ということばが出てくるが、においも色も感じない。「定型」だからである。さらに「誤る」と「定型」の念押しもしているが、それこそ「時代錯誤」というものかもしれないと、私は読んだこともない大正、明治文学を思い出すのである。
佐々木幹郎「ばんごはん」。
「1 少年期」「2 老年期」と二つのパートにわかれている。少年のことばとして、
ぼくはおなかがへっているけれど
たべたくない
おなかのなかで ねじれて
たおれるひとがいうんだ
天の邪鬼(?)なこどもの意識、だね。
一方で、老人は、どう言うか。
ばんごはんを あと4000回たべると
わたしも いなくなる
晩御飯4000回というのは、10年以上だね。15年未満ではあるけれど。これは老人の無邪気な意識(?)。ある葬儀のとき、90歳を超す老人が「私もあと10年か」と漏らすと、近くにいた親族が「ばかを言っては困る。あすにでも死んでくれ」とつぶやいた。老人は、子どもと同じように自分しか見えない。
だから、というと変かもしれないが。そして、回数も違ってくるが、「少年」と「老年」を入れ替えた方が「現実的」になると思う。〇歳で死ぬ。年ではなく、日にすると〇日、時間にすると〇時間、分なら〇分、秒なら……という「無意味」なのことを「意味」であるかのように、自分が発見したことであるかのように「わざわざ」ことばにするのは、子どもの行動である。
もちろん、そうであるからこそ、その「定型」を拒絶し、佐々木は、このスタイルにしたのかもしれないが。
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