「現代詩手帖」12月号(3)(思潮社、2022年12月1日発行)
たかとう匡子「夜毎の夢」。
ひとびとが
スマホ片手にわめいている
アドレスがいつのまにか全部消えた
つながるものが何もない
「スマホ」も「アドレス」も、「いま」どこででも語られることばである。昔は存在しなかった。その「日常のことば」が詩のなかにあらわれる。これは「わざわざ」書いたものなのか。無意識に書いたものなのか。「わざわざ」書いたものと読みたい。つまり、いままで詩に書かれていなかったから、新しいことばとして書いた、と。しかし、その書き方は、私には「わざわざ」には感じられない。
だから、
四つ辻の角の100円ショップのおりたシャターに凭れて
という「わざわざ」書いたと思われる一行まで、もしかしたら無意識に書いたのかもしれないと感じ、興味を持ち続けて読むことができない。
だから、と言っていいのか、どうか。
わたしの毛髪の地肌を蟻が這ってる
ということばの動きは、「わざわざ(作為=詩を書くぞ、という意識)」が目立って、ここは「わざわざ」を消した方がいいんじゃないか、と思ってしまう。
時里二郎「風の手摺り」の書き出し。
詩が言葉を借りるのは
それが 記憶の耳であるから
あ、おもしろいなあ、と思う。「それが」とは何を指すか。「詩」か「言葉」か、あるいは「詩が言葉を借りる」ということ(前の一行)を指すか。即座には判断できない。テーマが「それ」と提示される。その「提示」の行為が、ここでは強調されている。そして直後に「記憶の耳」という、わかったようでわからない、いろいろな読み方ができることばがつづく。
これは明らかに「わざわざ」書かれたことばである。
私は「肉体」にこだわっている人間なので、「耳」に注目した。時里は「わざわざ」耳ということばを選んでいると思って読み始める、ということである。そうすると、詩の最後に、
風の手摺りが
伸びていく
という二行がある。「手摺り」と「手」は同じものではないが、私は「手が/伸びていく」というイメージで「手摺り」を思うのである。「耳」はそれを「聞いている」というよりも「見ている」。「耳で(が)見る」というのは、学校文法で言うと「間違い」だけれど、「耳」の「聞きたい」という欲望が「手が伸びるように伸びていく」、そしてそれが「風の手摺り」をひきよせてしまう(リアリティーのあるのものにしてしまう)と感じるのである。
「肉体」のなかでは、どこまでが「耳」、どこからが「手」かわからない(というと奇妙に聞こえるかもしれないが、それは肉体全体から切り離しては存在し得ない)から、「耳」に視力(目)があってもいいと思う。
そういうことを「わざわざ(わざと)」書くのが詩なのである。
新延拳「捨てる棄てるすてる」。
一切空の闇に捨てるべき記憶 しかし
あの日の君が立体絵本のように現れてくれないか
飛び出してこないかと
せめて影絵のようでも
「現れてくれないか」の「くれないか」が切実でいいなあ。あまりに切実なので、書いていることを忘れる。意識できない。だから次の行では「飛び出してくれないか」ではなく「飛び出してこないか」になる。「飛び出してくれないか」のような、長いことばを言っているひまがない。無意識のなかでは「くれないか」が動いているが、省略する意識もないまま省略される。肉体になってしまっている。この「くれないか」は「無意識のわざわざ」である。いいなおすと、「くれないか」は新延のこの詩のキーワードということになる。
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