「現代詩手帖」12月号(9)(思潮社、2022年12月1日発行)
関口隆雄「ごはんつぶ」には、「ある老夫婦の会話」という副題がついている。ふたりとも死んだのか生きているのか、ご飯を食べたのか食べていないのか、よくわからない(よくおぼえていない)というやりとりをしている。
わたしゃ このごろ いきているのか
しんでいるのか わからなくなりましたよ
ばあさん あんたはもうしんでいますよ
そうですか いつ しんだんですかね
きのう しんだんですよ
きのうですか よくおぼえていないですね
こまりましたね
これは、「わざわざ」「わざと」書いているとも言えるし、「わざと」「わざわざ」書いているとも言えるが、私は「わざわざ」「わざと」書いていると読んだ。どう違うのか。どうも違わない。「わざわざ」書き始めたら、それが「わざと」を含みながら広がっていき、「わざわざ」にかわってしまった。長い長い「夫婦生活」そのままという感じだなあ。
「わざと」余分なことを書かずに、「わざわざ」書かなくていいことを書いている。「わざわざ」読まなくてもいいが、読んだら「わざわざ」なんだなあ、と感じる。
工芸品を見るよう味わいがある。手間と時間が美しい。
建畠晢「昭和の恋」。
誰かが、きっと若い女が、階下で三味線を弾いている
この書き出しの「きっと若い女が」が「わざわざ」である。三味線の音を聞いて、そこから「わざわざ」若い女を呼び出している。若い女を思い出したいのである。なぜか。これから書くのが「恋」だからである。恋には「若い女」が必要。若い女を思い浮かべないことには恋が動いていかない。
というのが、「昭和の恋」であって、いまは若い女を「わざわざ」思い浮かべないかもしれない。というか、もっと恋の対象が広がっている。いま「若い女」と書くとしたら、それは「わざと」である。
そして、「わざわざ」若い女を登場させるのは、
叔父の恋は終わったのだ
と書くためでもある。「恋は終わる」というのが「昭和の恋」である。だから「わざと」若い女を登場させたのかもしれないが、短い詩には、そのことばがとても効果的である。「きっと」もとても効果的。
8行の、短い詩なのだが、短いからこそ、私は「わざと」最初と最後の行だけ引用してみた。短いのに、二回「豚足」ということばが出てくるのがおもしろい。二回出てくることばは、あと「叔父」があるが、その重複が、他の一回しかつかわれていない多様なことばの多様性を印象づけるので、ちょっと、うなってしまう。非常に短い詩なのに、ことばが非常にたくさん、しかも充実した形で結晶している。細密なことばの工芸品である。
山本育夫「水馬(あめんぼう)」。
銀色の水袋にシュッと穴をあける
アメに似た甘い臭気が
しばらく周囲にただよう
「甘い臭気」の「臭気」が「わざと」である。これは西脇が言った「わざと」そのまま。「臭気」でなかったら、詩にならない。「しばらく」は「わざわざ」である。この「しばらく」によって「臭気」の「わざと」が落ち着く。手工芸品のように、とてもていねいな作品。ていねいさでは、建畠の作品に通じるものがある。
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