「現代詩手帖」12月号(40)(思潮社、2022年12月1日発行)
高橋順子「哀悼・大泉史世」。
いま大泉さんの声で
「死ぬのっていいわよお」
と聞こえてくる
困っている
大泉は充実した人生を生きた人だったんだなあ、と感じさせることばである。そう思わせるのは、なかなか大変なことだと感じる。「困っている」はうれしい、だろう。
高橋は、こういうことを「自然」に書くことができる。
高橋睦郎「老老行」。ひとは、どういうときに「老いた」と感じるのか。そして、どう生きようとするのか。(高橋は正字体で書いているが、新字体で引用する。)
前立腺肥大予防に老いびとも自慰励めとぞ雨戸閉てきり
やっぱり病気が気になる。病気は死につながるから、死が気になると言い直せるかもしれない。逆に、それは生への執着、どうやって生き続けるかということが気になるでもある。生は性にもつながる。でも、老人は何を想像しながら自慰をするのだろう。ここからが、老詩人・高橋睦郎の真骨頂である。若者の自慰とどこが違うか、書いてしまう。詩人は、書かずにはいられない。
死ぬるまで性交せよと週刊誌叫喚す性交しくつつ死ねとか
老男女交接のまま相死ぬる窮極相対死とや言はむ
ここに書かれる死は、セックスの絶頂のときの、エクスタシーではないのだが、完全に行動されている。若者の「死ぬ!」という絶叫とは全く違うはずなのに「死ぬ」ということばが重なって、そのことばのなかに快感、官能、欲望、本能が動いている。
しかし、「意味」はわかるが、どうも、読んでいて楽しくない。「音」がぎすぎすしている。「死ぬのっていいわよお」につながるような音の伸びやかさがない。音がもっとのびやかで、音楽的だったらどんなにいいだろう。
私は、このぎすぎすした音に「困っている」。これでは「うれしい悲鳴」(共感)ではなく、むしろ「叫喚」に近い。
竹中優子「骨壺」。ああ、また、死が出てくる。現代詩手帖のこの編集は「わざと」なのか「偶然」なのかわからないが。
夕方 博多駅に着く
うどんでも食べて帰ろう
そう思いながら階段を下る
席に着く、鞄をそっと引き寄せる
鞄には父の骨壺が入っている
「鞄をそっと引き寄せる」の「そっと」がとてもいい。大きな肉体の動きを書いてきて、そのあとに「そっと」。小さな動きがはじまる。「遺骨」ではなく「骨壺」と竹中は書いている。そこに、なんというか、「肉親」ならではの距離感がある。他人の「遺骨」を「骨壺」と呼ぶことはなかなかむずかしい。
父が死んだ、母が死んだというかわりに、父が亡くなった、母が亡くなったという人がいるが、私はこういうときの「亡くなった」には妙な冷たさを感じる。「死んだ」がいい。それと同じように、この詩では「骨壺」がとてもいい。「遺」ではないのである。「生きている骨」というと語弊があるが、死んだ人間の骨ではあるが、まだまだ「生きている」ものが、そのまわりに動いている。「遺」にはなっていないのだ。
その微妙な動きのなかに、竹中は「そっと」入っていく。何かに触るたびに「生きている」ものが動くのだ。高橋順子が書いた大泉の「死ぬのっていいわよお」は、竹中には「逆説」のように聞こえるだろう。そうだろうなあ、死んでしまった人間は何も悩むことはない、「そっと」動く必要なんかはない。どれだけ暴れ回っても、すべてが「たのしい」思い出である。
今日
私の身体は温かく流れている
引き込んだものと混じり合って
骨壺は部屋にある
布の下に父は眠っている
いろいろなものが混じり合っているかは「そっと」竹中は息を整えている。そばには父の骨壺がある。それを竹中は再び「そっと引き寄せ」たかどうかわからないが、最後の一行には「そっと」を補って読んでしまう。
布の下に父は「そっと」眠っている
やっぱり、「生きている」。
『冬が終わるとき』に収録されているのだが、どの詩もすばらしい。とてもいい詩集である。
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