郡宏暢「スタンプ」(「アンエディテッド」、2022年12月31日発行)
郡宏暢「スタン」プの一連目。
郵便受けに落ちた手紙の
あて所に尋ねあたりません、の
青いスタンプに
なんでも見通せてしまう世界をすり抜けて
人の消息だけが消えてしまう
そんな
濡れた髪が
乾くまでの時間のような懐かしさを抱きかかえて
わたしの差し出した手紙は
わたしの手のひらへと
湿り気を帯びた主語をたずさえて
舞い戻る
手紙がもどってきた。そこから、いろいろなことを考えていく詩なのだが、私は途中にぽつんと出てくる「そんな」という一行につまずいた。「そんな/濡れた髪が/乾くまでの時間のような懐かしさを抱きかかえて」というたとばの「配分」につまずいたというべきか。つまずきの最初が「そんな」という一行だったのだ。
「濡れた髪が/乾くまでの時間のような懐かしさ」は比喩だが、「そんな」はどのことばまでを指し示しているのか。「そんな濡れた髪が」ではないだろう。「濡れた髪」は、そのことばの前には出てこないのだから、指し示しようがない。それでは「濡れた髪が乾くまでの時間=そんな時間」なのか、「そんな濡れた髪が乾くまでの時間のような懐かしさ=そんな懐かしさ」なのか。
こんなことは、たぶん、考えてみたって始まらない。
最初から計画を立てて(?)、そういうことばにしようとしていたのではないだろう。書いているうちに自然にことばがことばを呼び、長くなって行ったのである。
「そんな」と書いた瞬間は、まだ「濡れた髪」ということばを思いついていない。「濡れた髪」がやってきたあと、「乾くまでの時間」ということばがやってきて、それから「懐かしさ」というこばがやってきた。「そんな」を書いたときには、「懐かしさ」ということばはまだ存在していない。
なぜというに。
手紙を出したとき(書いたとき)、それがもどってくるとは想像していない。受取人がいると想像している。ところが受取人がいない。不在だとわかって、はじめて不在の人が「懐かしくなる」ということが起きる。「懐かしい」ひとに書いた手紙だとしても、不在だとわかった(連絡がとれなくなったとわかった)ことによって、「懐かしさ」が強くなる。そういう「変化」がここには書かれているのだから。
そのことが、この詩全体のなかで果たしている「役割」というのは、私にはよくわからないが、(簡単に言い直すと、それ以後は「青いスタンプ」の「青い」ということばに象徴されるように、書かれているのは「抒情」だけという気がするのだが)、「そんな」という一行の抱え込んでいる不思議なあいまいさはおもしろいと思った。
音楽(交響曲)が転調するときの、最初の不思議な、鮮烈な「一音」という感じだ。
この、どこへことばが動いていくかわからないという感じのまま、その後のことばが動いていくと、とてもおもしろい作品になったと思う。
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